白は変わらないね
「コーヒーでよかった?」
白はアイスコーヒーが入ったグラスを、黒の前に置いた。
「うん、ありがとう」
白は自分のぶんのアイスコーヒーをテーブルに置くと、黒の向かい側に座った。そしてグラスにガムシロップをふたつ投入した。
ふたりでアイスコーヒーを飲む。それだけのことなのに、黒は高揚していた。またこうして白と二人で時間を過ごせることが、掛け値なしに夢みたいだった。
「白は変わらないね」
まあ、ひと月しか経ってないから、変わりようもないか。
「そう言う黒も、ぜんぜん変わってないね」
三つ目のガムシロップを開封しながら、白は言った。
「でも背が二十センチくらい伸びたね」
「んな伸びるか」
黒はムッとして言った。彼女は背が高いことを、よく茶化される。
「そう言う白は、二十センチくらい縮んだんじゃない?」
対して白は小柄だ。クラスでいちばん小さい。
黒と白は、何もかも対照的だ。
黒木桜。あだ名は「黒」。長身かつ細身で、生まれつき小麦色の肌をしている。奥二重の吊り目で、泣きぼくろがある。髪は幼いころからずっとロングだ。家入レオに似ていると言われることがたまにある。
対照的な二人。それでいて、いつも一緒に行動していた。周囲はそれを面白がった。「白黒コンビ」「凸凹コンビ」「オセロ」「母娘」など、いろんな風に呼ばれた。黒はそれがうれしかった。
「ところで、今日は何しにきたの?」
なんて言えばいいのだろう。
黒は迷った。
灰原という先輩に絡まれ、そこで白について改めて考えることになり、いても立ってもいられなくなって会いに来ちゃった。なんて、恥ずかしくて言えるはずない。
「今日、灰原って人に絡まれてね。で、白の様子を見てきてほしいって頼まれたんだよ」
黒は半分真実を言い、半分嘘を言った。
「灰原先輩が?」
「うん。早く白に、映画部に戻ってきてほしいって言ってたよ」
そう、じつは白も映画部なのだ。不登校になった今は、「元」をつけるべきだろうけど。
映画部同士である以上、白と灰原は確実に知り合いだ。灰原の名前を出しておけば、とりあえず
「確かに、私がいなくなったから、映画部は灰原先輩ひとりだもんね。そりゃあ寂しいか」
「……そんな過疎ってんの? もう部活って呼べないレベルじゃん」
「まあ、もともと、撮りたいときだけテキトーに活動する感じだったからね。ほとんど帰宅部みたいなもん」
じっさい、白が映画部として活動している様子を、黒は見たことがなかった。
「ねぇ」
白は言った。
「灰原先輩のほうから、黒に声をかけてきたの?」
「え? ああ、うん。そうだけど」
あまつさえ盗撮までされた。とは言わなかった。
「黒、何かあった?」
「……どうしてそんなこと聞くの?」
「灰原先輩は結構な人見知りなんだ。だから他人に声をかけるなんてことは滅多にない。おもしろいことでも見つけない限りね」
おもしろいこと……?
「黒はなんらかのおもしろいことに関わっている。灰原先輩はそう考えて、黒に声をかけたはずなんだ。そして、灰原先輩の考えるおもしろいことは、ふつうの人間から見れば厄介事でしかない。つまり黒は、なんらかの厄介ごとに関わっている。あるいは関わらざるをえない状況に陥っている。違う?」
「……違わない」
なんだろう。どうしてあたしは泣きそうになっているのだろうと、黒は思った。
「ねぇ、白……。あたしは白に言いたいことと、言いたくないことがある。わがまま言って悪いけど、言いたいことだけを言ってもいいかな?」
「言いたくないことは言わない。言いたいことは言う。それって、ふつうのことじゃない? なんで私の許可をとる必要があるの?」
白は抑揚を欠いた声で言った。彼女はふだんから、そんな調子で喋る。まるで、あらかじめ原稿が用意されていて、それを読んでいるみたいに。
「ありがとう」
黒は言った。
白は大きな目を細めて、小首をかしげた。「なんで感謝されたんだろう?」って感じに。
「青陽くんがね、今日、予定より早く早退したんだよ。急遽用事ができて、三限目の休み時間に早退しないと飛行機に間に合わなくなっちゃったみたいで」
「飛行機? ああ、そういえば、青陽くんは今日カナダに行くんだったっけか」
短期留学の話は、白の耳にも入っていたようだ。
「うん。明日の終業式まで待てばいいのにね」
黒は苦笑する。
「なんかね、今日発たないと会えない友達がいるんだってさ。電話で話したとき、そう言ってた」
「なるほど」
それから、黒は本題を切り出した。
自殺予告のLINE。屋上にあった遺書。場違いのテント。本校舎裏の水たまりに混じった赤いもの。灰原の出現。それから、生徒会室から屋上の鍵が消えたことも一応話しておいた。ずいぶんとたくさん喋ってしまった。
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