屋上の鍵は、消えた
生徒会室は開いていた。
黒は二度ノックして、返事が返ってくる前に扉を開けて中に入った。
「突然すみません」
生徒会室の中には、二人の男子生徒がいた。
一人は、生徒会長の
有名人なので、黒も彼の名前は知っている。
もう一人は、黒のクラスメイトの
二人とも椅子に座って、菓子パンを食べながらスマホをいじっていた。
「黒木さん?」
金城はスマホから目線を外し、驚きの色を添えて黒に向けた。
黒と金城は、クラスメイトではあるけど、ほとんど接点がない。そんな相手がいきなり部屋を訪ねてくれば、ちょっぴりドキッとするだろう。
二人の接点の薄さは、金城が黒を「黒木さん」と呼ぶあたりにも垣間見える。
黒の本名は
「いきなりごめんなさい……。あの、屋上の鍵を、貸してもらえないでしょうか?」
金城が「えっと……」と口ごもり、水越に視線を向けた。
水越は怪訝そうな表情で黒を見た。
「君、名前は黒木さんでいいのかな?」
「はい、そうです」
「黒木さん。たしかに僕たち生徒会は、屋上の掃除をするために、鍵を先生たちから預けられている。でも、先生たちに『部外者には貸し出すな』と念を押されているんだよ」
「でも、その、どうしても必要なんです!」
「理由を教えてもらえるかな?」
黒は口ごもった。理由は話しにくい。
「事情があるようだね」
そう言うと水越は椅子から立ち上がり、部屋のすみっこに置いてあるロッカーの前まで歩いた。そして背中越しに言った。
「何はともあれ、黒木さんは屋上に出たい。そういうことだね?」
「はい」
「そっか。仕方ない。僕が同行する形なら、屋上へ出てもいいよ」
「ありがとうございます!」
水越はロッカーを開いた。そして「え……?」と絶句した。
「水越先輩? どうかしましたか?」
「いったい、どうなってる……?」
水越はロッカーから一本の鍵を取り出すと、掲げて見せた。ピカチュウのキーホルダーがついている。
「結論から言う」
水越は言った。
「屋上の鍵は、消えてしまった」
「……へ?」
「生徒会室の鍵と、屋上の鍵は、いつもキーホルダーで一つにまとめているんだ。でも今は見ての通り、キーホルダーに鍵は一本しかついていない。これは生徒会室の鍵だ。屋上の鍵は、消えた」
「盗まれたってことですか!」
黒はそう確信していた。犯人は青陽だ。彼が生徒会室から屋上の鍵を盗み出して、それで屋上に出たのだ。
「盗まれた、か。まあ、その可能性はあるね。誰が、何のためにって話になるけど」
水越の疑問はもっともだ。彼は、青陽が自殺しようとしている(かもしれない)ことを知らない。知るわけない。
「水越先輩!」
黒は水越に詰め寄る。
「なんとかして、屋上に出る方法はないでしょうか?」
「なんだかよく分からないけど、緊急事態みたいだね。仕方ない。職員室から、マスターキーを借りてくるよ」
水越は生徒会室を飛び出すと、廊下を駆けて行った。
生徒会室には、黒と金城だけが残された。
黒は深呼吸した。
青陽くんは無事だ。大丈夫。無事だ。あのLINEはただの悪戯だ。そう自分に言い聞かせながら。
「黒木さん、いったい何が起こってるの……?」
金城が、不安そうな表情で言った。彼はもともと頼りない小型犬みたいな顔をしている。わけの分からない事態に直面して狼狽する彼は、より一層頼りなく見えた。
「えっと、なんて言えばいいか……」
黒は口ごもる。
水越はなかなか戻ってこなかった。マスターキーはきっと、厳重に保管されているはずだ。手こずるのは仕方ない。
でも想像していたよりは長くかからず、水越は戻ってきた。
「マスターキーは借りた」
そう言うと水越は、鍵を掲げて見せた。丁寧に「マスターキー」と記されたラベルシールが、その鍵には貼ってある。
「屋上へ急ごう」
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