これが真相だよ……

 藤條駅で電車を降りると、黒は違和感を覚えた。ぜんぜん混んでいないのだ。

 ふつう、夏祭りが行われるとき、駅は人でいっぱいになる。藤條のお祭りには、今まで一度も行ったことがない黒だけど、祭りで駅がごった返すのは全国共通のはずだ。


 そのことを言うと、白は「んんん」と唸った。そして「間違えた」と言った。


「え?」


「お祭り、今日じゃなかった。うっかりうっかり、だ」


「えー……」


「セブンでアイス奢るから許して」


 というわけで、二人は駅近くのセブンイレブンに入った。黒はパピコを、白はスイカバーを選んだ。白は有言実行を敢行し、しっかりと奢ってくれた。


 ふたりは店の外で、アイスを食べながら話をした。やがて話題は、自然と『青陽くん事件』についてになった。


「鍵屋さんに問い合わせて、屋上の鍵を複製しにきた人物を教えてもらう。というのはどうだろう?」

 白はそう提案した。


「プライバシー云々でぜったい教えてもらえないよ」


「そんなの、やってみないと分からない」


「そもそも、どの鍵屋さんで複製したのかも分からないでしょ。鍵屋さんいっぱいあるし」


「しらみつぶしだ。電話しまくるんだ」


「電話じゃ無理だよ。じっさいに、鍵屋さんに鍵を見せて『これをお店に持ってきた人はいませんか?』って聞かないとさ。じゃないと、鍵屋さんだって判断のしようがないよ。電話じゃ、どんな鍵かを説明しきれない。じっさいに見せないと無理だよ」


「黒。屋上の鍵、ちょっと見せて」


「え? ああ、うん」


 黒はスクールバッグから鍵を取り出して、白に差し出した。


 白は鍵を受け取ると、それを黒の目線の高さに掲げて見せた。


「ここに、アルファベットと数字が彫ってあるでしょ? これが鍵番号だ」


 鍵の表面には、たしかにアルファベットと数字が彫ってある。白がいま手に持っている屋上の鍵には「DR75A22」と記されている。


 それから白は、鍵を裏返した。そして言った。


「で、こっちには鍵のメーカー名が彫ってある」


 そこには、「GOAL」と記されている。海高の鍵は、全てGOAL製だ。


「メーカー名と鍵番号。これを電話で鍵屋さんに伝えればいいんだ。とうぜん鍵屋さんは、客が持ち込んだ鍵の番号とメーカーは控えている」


「なるほど」


 鍵屋さんがおいそれと顧客情報を漏らすとは考えにくいけど、やってみる価値はあると思った。

 黒はとりあえず、iPhoneで近場の鍵屋さんを検索した。市内だけでも二十件近くヒットした。


「うえぇ。これ全部に電話するわけ?」

 黒はげんなりした。

「でも、事件を解決させるために、がんばらなくちゃなあ……」


「その意気だ、黒」


「白も手伝ってよね」


 白は知らんふりでスイカバーを口に入れる。


 黒はパピコをちゅーちゅーやりながら、どこの鍵屋が人気かを調べる。人気店から順に可能性を潰していくのが、いちばん効率がいい。


「……ん?」


 とあるホームページを見て、黒は頭に何か引っかかるものを感じた。その正体を具体的な像として思い描くのに、やや時間を要した。


 そのあいだ白は、人懐っこいミーアキャットみたいに黒を見上げていた。


「……ねぇ、白。あたし、気づいちゃったかもしれない」


「うん。なんか、そんな顔してた」


 黒は「読んでみて」と言って、ホームページが表示されたiPhoneを白に手渡した。


 白はしばらく、黙ってiPhoneと睨めっこをしていた。彼女の表情はだんだんと、驚愕に染まっていった。


「黒……。間違いない、これだよ……。これが真相だよ……」


 iPhoneの画面に表示されているのは、オンラインサービスについての説明ページだ。その会社が展開するサービスが、分かりやすく解説されている。


「鍵番号とメーカー名が分かれば、鍵をお店に持って行くことなく、複製ができる」

 黒は言った。

「こんなサービスがあったなんて、知らなかった……」


「私もだ……」


 やり方は簡単だ。まず、ホームページで鍵のメーカーや形状を選択する。そして鍵番号をフォームに入力する。仕上げに、氏名、届け先を入力し、購入を完了させる。

 そうすれば、近日中にスペアキーが自宅に郵送されてくるのだ。


 ホームページの解説によれば、鍵番号とは、いわゆる「設計図」なのだという。ゆえに、それを知ることさえできれば、実物の型を取ることなく、スペアキーを作成できてしまうのだ。


「このサービスを使えば、盗むことなく、屋上の鍵を複製できる。鍵を見ればいいんだ。見るだけでいいんだ。そしてそこに彫られている鍵番号を暗記して、サイトのフォームに入力する」

 ふだん感情をあまり表に出さない白が、興奮を隠しきれていない。

「犯人は、鍵をでよかった」


 見るだけでよかった。見るだけで……。


 黒は、金城の話を思い出す。彼はこう言っていた。



 ――えっと、先月だったかな? うん、たぶん先月。放課後、青陽くんが生徒会室を訪ねてきたんだ。『屋上に出たいのですが、鍵を貸してもらえないでしょうか?』って、水越先輩にお願いしてた――

 ――そんで、昨日の黒木さんと同じように、水越先輩が同行する形で、屋上に向かって行った――


 

 おそらく青陽は、そのどこかのタイミングで、水越が持っている鍵を盗み見たのだ。そこに彫られている鍵番号を、盗み見たのだ! 間違いない。


 黒は深呼吸してから、溶けてすっかり液体になってしまったパピコを飲み干した。それから、白に金城の証言のことを話した。


「決まりだね……」

 白は言った。

「『青陽くん事件』の犯人は、青陽くんだ……」


「うん。きっと青陽くんは、オンラインサービスを利用して、鍵を二本複製した。そのうち一本を、遺書と一緒に封筒に入れて、残り一本で屋上の扉を施錠した。密室を作った。すべて、青陽くんの自作自演だった……」


「あっけない幕引きだね」

 白は肩をすくめた。

「事件解決をお祝いしよう。黒、今日はうちに泊まっていきなよ」


 白と一緒にお泊りというのは、黒にとって非常に魅力的なイベントだった。黒は迷うことなく、白の提案を受け入れた。


「そうと決まれば、ジュースとお菓子を買ってくる。奢ってあげるよ」


 白はスイカバーの棒をゴミ箱に放りこむと、再びセブンイレブンの中に入って行った。


 黒は外で待つことにした。待ちながら、青陽について考えた。


「青陽くん、あたしは、君のことが分からなくなってしまったよ……」

 黒は、夜空に向かって呟いた。


 青陽くんはあたしの味方なの? 敵なの? 分からないよ……。


 ぶるっと、ポケットの中のiPhoneが振動した。

 確認すると、LINEのメッセージが着信していた。メッセージの送り主は……。


「!? あ、青陽くん……?」


 青陽だった。


 黒は震える手で、トーク画面を開いた。メッセージとスタンプが表示される。スタンプは、パンダ人間が目元に影を落として「カンのいいガキは嫌いだよ……」と呟いているものだ。


 そして、メッセージは……



黒。その様子だと、真相に気づいたようだね。そう、すべて俺の仕業さ。俺は君のことを、これから先もずっと見ているからね。もちろん、今もね。



 今も……? 

 黒の全身に、突き刺すような悪寒が走った。


 セブンイレブンの前の通りでは、たくさんの人が行きかっている。その中に、青陽の姿は見当たらない。

 でも彼はどこかで、黒を見ている。


 黒は急に、青陽のことが怖くなった。彼の行動は常軌を逸している。今の彼は、黒に対してどこまでも冷酷になれる。そんな気がした。


 黒は、白に助けを求めたかった。彼女にそばにいてほしかった。


 白はレジで会計をしている最中だった。財布をガサゴソと漁っているのが、自動ドア越しに見える。


 黒の頬を伝った汗が、乾いたアスファルトの駐車場に落下する。


 会計を終えた白が、ビニール袋をぶら下げて外に出てきた。


「黒……? どうした? 顔が真っ青だ」


 黒はさっき起きたことを説明するため、口を開いた――。


 そのときだった。


「ああっ!!」

 白が大声をあげた。


 黒は驚きのあまり心臓が爆散するところだった。


「なに、白、どうしたの!?」


「青陽くん!」

 白は車道の向こうを指さして叫んだ。


「え!?」


 黒は、白が示す方向に素早く視線をやった。


「あの路地に入って行った! 黒、追うよ!」


 白は駆けだそうとする。


 しかし黒は、白の腕を掴んで止めた。


「白、いいよ。追わなくていい」


「なんで!? 捕まえて、白状させよう!」


「ごめん。でも、あたし、いま青陽くんに会うのは怖い……」


 黒の潤んだ瞳を見て、白は折れてくれた。


「分かったよ」


 二人は、白の家に向かって歩き始めた。



******************



 セブンイレブンの前に、黒が立っている。彼女の動揺が、ここまで伝わってくる。


 一通のメッセージで、ここまで彼女を慌てさせることができるなんて、感動すら覚える。


 思わず笑みがこぼれる。 

 

 黒が周囲をキョロキョロ見渡している。彼女の恐怖と不安が、手に取るように分かる。


 初めはちょっとした悪戯のつもりだったけど、こりゃあ最高だよ。ぞくぞくする……。 


 ああ、黒。お前のことが好きで好きでたまらない。憎くて憎くてたまらない。


 黒。これはお前への挑戦でもあるんだ。早く真相を突き止めてくれよ。


 この先、お前がどう勝負に出るか、見ものだよ。


 さあ、もっと楽しませてくれ。


 お前の活躍、大いに期待しているよ。


 愛すべき、憎むべき、かわいいかわいい探偵さん。

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