先輩の映画を完成させてあげてほしいんだ

 帰宅して、お風呂に入って、夕飯を食べて、自室に引っ込んだタイミングで、黒のiPhoneが着信した。LINEで電話がかかってきていた。相手は白だ。


 黒の表情は自然と緩んだ。


「もしもし」

 黒は声を弾ませて電話に出た。


「黒。まだ起きてた?」


「寝てたら電話に出られないよ」


「いや、起こしちゃったかなと思ってさ。まあ、べつに黒を起こしたところで罪悪感なんて感じないけど」


「少しは感じて」


「考えておく。で、さっそく本題」


「どうぞ」


「灰原先輩に、協力してあげてくれないかな?」


「え。なに、とつぜん。どういうこと?」


「さっき、久々に灰原先輩と電話したんだ。そこで、ドキュメンタリー映画の話を聞いた。とても興味深い試みだ」


 灰原は、今回のゴタゴタをドキュメンタリー映画にしようとしている。そのことは、本人の口からすでに聞いている。


「灰原先輩と一緒に、今回の事件を調べてあげてよ。そして、先輩の映画を完成させてあげてほしいんだ」


 ずいぶんと先輩思いだな……。もしかして白、灰原先輩のことが……。


「べつに、灰原先輩が好きなわけじゃないからね」

 白は黒の発言を先回りして言った。

「ただ、灰原先輩が撮る作品は好きなんだ。先輩が、今回の屋上の密室や、鍵の消失。そして青陽くんの自殺疑惑を、どのように料理するのか。それがすごく気になるんだ」


「とか言ってー、ほんとは灰原先輩のこと気になってんじゃないのー? 白って、たぶんあーゆー人タイプだろうし」


「……黒はさ、好きな映画ある?」


「え? うーん……えっと、ちょっと古いけど『タイタニック』とかは好きかな」


「ジェームズ・キャメロンと付き合いたいと思う?」


「……誰?」


「……なんでもない」

 電話の向こうから、白の大きなため息が聞こえた。

「とにかく、私は、灰原先輩が撮る作品が好きなんであって、作者である灰原先輩と付き合いたいとか、そういう気持ちは一切ない。分かった?」


 そう言われたら、黒は「分かった」と返すしかなかった。


「灰原先輩ね、あー見えて、頭はすごくキレるんだよ。映画撮影のためとなれば、先輩は遺憾なく力を発揮してくれるはずだ。『青陽くん事件』――今回の一連の騒動を『青陽くん事件』と名付ける――を、ズバッと解決してくれるかもしれない。これは黒にとっても悪い話じゃないはずだ。黒だって、いち早く事件を解決してスッキリしたいでしょ?」


「そりゃあ、まあね……」


「よし、決まりだ」


 相変わらず強引だ。でも確かに、黒にとっても悪い話ではないかもしれない。彼女だって、青陽のことでモヤモヤしたまま夏休みを過ごしたくないのだから。


「分かったよ。灰原先輩に協力する」


 事件を解決できるなら、警察だろうが探偵だろうが映画部部長だろうが、この際なんでもいい。


「灰原先輩には、私から連絡入れておくよ。明日、部室で待機しておくよう伝えておく。黒は部室を訪ねればいい」


「りょ」


「明日って終業式だよね? じゃあ、時間は、そうだな、13時でどう?」


「異議なし」


 それから白は、映画部の部室の位置を教えてくれた。本校舎の「多目的室B」が、現在映画部の部室として使われているらしい。


「部室練じゃなくて、本校舎に部室があるんだ?」


「部室練の部室は、もう満員なんだよ」

 白は答えた。

「うちの学校は簡単に部活を興せるからさ、部室練はすぐ埋まっちゃうんだ。アニメでしか聞いたことないようなおかしい部活いっぱいあるでしょ? 自由度が高すぎるのも、ちょっと考えものだ」


 海高のスローガンは「自由」だ。公式ホームページにも、でかでかと自由の文字が躍っている。正気とは思えない部活がたくさん存在する理由は、そんな学校の運営理念にあったわけか。黒はいまさらながら納得した。


「んなわけで、新興の部活はひとまず本校舎の空き教室が宛がわれているんだよ。ま、べつに部室練の部屋が特別綺麗ってわけじゃないし、本校舎の空き教室で十分だけどさ」


「なるほどねー」


「かと思えば、全然自由じゃないじゃんって思うこともいっぱいあるけどね、海高って」


「たとえば?」


「遅刻にうるさすぎる」

 白は忌々しそうに言った。

「校門には、必ず守衛さんがいるでしょ? で、指定の登校時間を1分でも過ぎると、守衛さんに止められるんだ。学生証を提示して、そんでもって名簿に名前を書かされて、後で担任の先生に報告されるんだよ」


「なんでそんなことを?」


「なんかね、何年か前に、不審者が学校に侵入する事件があったんだってさ。しかもその不審者は、オークションで手に入れた海高の制服を着て、生徒に化けていたらしいんだ。それ以降、出入りを厳しく監視するようになったんだってさ。でも、さすがに全員をいちいちチェックするわけにはいかないから、登校時間中は大目に見てるって感じだと思う」


「ふぅん。でもさ、生徒に名前を書かせた後、先生に報告する理由はなくない?」


「さあね。その理由は知らないよ。でもまあ、たぶん、遅刻を誤魔化せないようにするためじゃないかな。ほら、先生って会議とかでたまに朝のホームルームに遅れてくるでしょ? だからギリギリ遅刻の生徒が『ちゃんと時間内にきていました』って嘘をつくこともできる。それが嫌なんじゃないかな。後で防犯カメラをチェックして、生徒の言葉が本当かを確かめるなんて面倒な真似をするわけにもいかないだろうし」


「……なんか、いろいろ大変なんだね、先生たちも」

 他人事ながら、黒の胸に労いの気持ちが湧いてきた。

「そんなルールがあったなんて、全然知らなかったよ。あたし、遅刻って一回もしたことないし」


「私はしょっちゅうだ」


 たしかに、白は一年生のときから時間にルーズだった。


「まったく、生徒の自由はいずこ」

 白はぼやく。

「監視社会反対」


「遅刻が自由のうちに入るのか、あたしには疑問だけどね」


「黒は馬鹿マジメすぎる。馬鹿だ」


「うっさい」


 少し雑談をしたあと、今日はお開きにしようということになった。


「んじゃ、おやすみ。ヘンな夢見てね」


「おやすみ、白。ひと言余計だよ」


 ベッドに倒れこんで、黒は天井をぼうと見つめる。そして、ずいぶんと長い一日だったなと思った。


「……でも、明日はもっと長い一日になりそうだな。なんとなく」


 黒の予感は、見事に当たることになる。

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