友達として

「あれ、消毒液の位置が微妙に違う気がしますねぇ」


 勝手知ったるといった流れるような手つきで、唄が保健室の棚から消毒液を取り出してコットンに染み込ませ、丹恋の手足にできた浅い傷を拭き取っていく。じんじん痺れるような痛みを感じて、丹恋は顔を顰めた。


「痛いですか?」

「我慢できるくらいだから、大丈夫」

「ちなみに、傷口を消毒すると治りが遅くなるという説があります」

「やる前に言ってよ!」


 唄がにやりと笑った。もしかすると、まだ昨日のことを根に持っていて、その仕返しなのだろうか。


「わかった、って言ったよね?」

「はい?」


 消毒液を棚に仕舞いながら、唄は小首を傾げた。


「私が、さっき助けてって言ったとき、わかりましたって言ったじゃん」

「そうですね。だから、こうやって手当してるんじゃないですか」

「そういう意味じゃないってわかってるんでしょ?」 


 わかっていて、はぐらかすような態度をとっているのだ。友達が少ないくせして、一丁前に駆け引きをするなんて良い根性してる。

 そんなことしなくても、はじめから気持ちを伝えるつもりだった。


「……探偵するのを嫌がった唄を酷いって言ったこと、後悔してる」


 スカートを握り締める自分の手を見つめながら、ぼそっと丹恋は呟いた。


「自分の力で未里の無実を証明するつもりだった。無理にやらせようとしたんだから、私も探偵するべきだって思ったの。でも、私には難しかった。悔しいけど、私には探偵に見合う頭がない。やっぱり、唄の力が必要なんだよ。すごく、情けないけど」

「情けなくは、ないですよ」唄が言った。


 どきっとして視線を上げると、唄の真っ直ぐな眼差しが丹恋に向いていた。


「私ならこんな風に傷ができるのが怖くて、はじめから植え込みに足を踏み入れるのを諦めます。探偵をするのが嫌なのも同じことです。傷つきたくない。ただ、それだけなんですよ」

「そんなのは、普通だよ。誰だって傷つきたくない。唄が臆病だとかそういうことじゃないと思う。私は頭が良いわけじゃないし、切羽詰まったら体を張る。それだけだった」

「でも、探偵には向いてないです。植え込みに抜け穴が隠されていないと証明できなければ、その可能性を排除することはできないんです。探偵は傷つくことを躊躇っていてはいけない」

「怖いもの知らずの勇敢な探偵より、唄が探偵になってくれたほうがよっぽど人間らしい探偵だよ。依頼者の痛みを理解できるんだから」


 丹恋の中で、ずっと靄のかかっていたアイデアがようやく露わになる。


「ねえ、唄。唄が踏み込めない場所があるなら私が一緒に、手を繋いで行くよ。助手じゃなくて、唄の友達として、〝名探偵の友達〟として。駄目かな?」


 頭を下げると、唄は背中を向けてしまった。


「助手じゃなくて友達、ですか。それは、言葉遊びでは?」

「唄……」


 駄目だったか。

 けれど、助手として唄の隣りにいることと、友達として隣にいることは、丹恋の心の中では言語化できないのにはっきり分別できていた。言葉遊びでは、決してない。

 でも、と唄が背を向けたまま言った。


「それなのに、なぜか温かい気持ちになりますね」


 そう言って振り返った唄の片方の瞳は潤んでいて、可愛く微笑んでいた。この高校で、一番制服が似合ってるのは彼女なんじゃないか。そんな風に、丹恋はいたって真面目に思った。


「さあ、私に可能な限り詳細な情報をください。丹恋さんの友達とやらを助けてみせようじゃありませんか」

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