向き合うべき今

 唄の推理は正しいように思えたが一つ大きな問題があり、唄も自覚していた。


『しかし、郡司先輩が犯人だと指し示す直接的な証拠は残っていないと思います。これから、郡司先輩に自分から罪を認めるように勧めるべきなのかも、私には決められません。無責任だとは自分でも思うのですが……』


 推理をあかりの胸先三寸でおさめるか、晴香に推理をぶつけて罪を認めさせるかは、彼女次第。つまりはそういうことだった。


「日比先輩、どうしますか?」


 取り乱すような泣き方はどうにか治まっていた。


「私、どうしたらいいか。晴香が犯人なら、私達部員を恨んでるってことじゃない? 自分から犯人だなんて認めるわけない。それに、犯人が晴香だって知ったら皆がどう思うか。いっそ、黙っていたら――」

「あかり先輩っ」


 結莉の瞳が潤んでいた。


「黙っていて、どうなるんですか? 傷ついた人が誰かを傷つけて。そんなのまた続きますよ。今回の事件を曖昧に終わらせたら、また」


 いつも冷静に話す結莉が声を荒げていた。辛くても、解決するために向き合うしかない。その思いが、彼女の頬を伝う一筋の涙からひしひしと伝わってきた。

 一瞬、顔を上げたあかりがまた目を伏せた。


「でも、証拠がないなら」

「郡司先輩とちゃんと話してください。そのちゃんとっていうのは、あかり先輩が考えるべきことだと思います。それができないなら、私は友達として璃子が女子マラソン部に復帰するのを全力で止めます。そんな部には友達がいてほしくないですから」

「結莉ちゃん……」


 泣いている相手に掛けるには手厳しい言葉だった。どれだけ心苦しく思いながら、発せられた言葉だったのか、丹恋にはわかった。あかりにも。

 最後に強く鼻をすすると、あかりは再び頼もしい顔つきに変わった。


「わかった。私、晴香ともう一度話してみる」


 そう言うと、あかりは部室の出口に向かっていった。

 丹恋は焦って彼女を呼び止める。


「すみません、もしできたらなんですけど、郡司先輩に5048を知ってるか訊いてもらえますか?」

「あ、うん。良くわからないけど、忘れないようにする」


 ドアを開け、勢い良く通路を駆けていくあかりを、ドアから上下に顔を出して二人は見送った。

 ほんの一瞬の間だったけれど、丹恋は一歩蹴り出す度にふくらはぎの下をV字に走る筋肉がぐっと太くなるのを目にした。あかりがこれまでに真摯に部活動に取り組んできた証だった。

 ――頑張ってください。

 役に立たないとしても、丹恋は心で応援せずにはいられなかった。

 すると、胸ポケットに入れてしまっていたスマホから不安げな声が聞こえてきた。


『あのぅ、私ってもう通話を切って良いんでしょうか?』

「あ、忘れてた」

『酷くないですか? ゲームを始めるの我慢してたんですよぉ』

「ごめん、ごめん。郡司先輩が罪を認めるか、そもそも一年前に音声を送ったのは誰なのかは、もう私達が首を突っ込めることじゃないし、これで解散だね。ありがとう、唄」

『少しでも力になれたなら良かったです』


 ふと、唄に言うべきことを思い出した。本音を打ち明けなくては、いつか女子マラソン部のように致命的な深い亀裂が走ることもあると学んだからだろう。


「前に勉強会したときさ?」

『はい』

「実はちっとも唄の解説わかんなかったんだよねー」

『えー! 言ってくださいよ!』

「そうだね。だから、今、言ってみた。唄とは本音で向き合いたいと、改めて思ったから」


 自分勝手ではあるが、丹恋は新しい空気を胸いっぱいに吸い込んだような清々しさに包まれていた。唄も怒っていたり悲しんでいたりはしていないようだった。むしろ嬉しそうで、友達という関係の不思議さを感じた。

 結莉がスマホに向けて頭を下げる。


「剣持さん、本当にありがとう。犯人が元部員だとなると、璃子は受け止め方が難しいだろうけど、うやむやにする方が良くないと思うし。璃子がまた前を向けるように支えることなら私達にもできるしね」

『そうですか。そんな風に言ってくれる友達がいるなんて、春日さんが羨ましいです』


 しみじみとした様子で唄が言った。


「そう? 友達なら当たり前じゃない? そうだ、また今度、璃子も連れて保健室に会いに行くね」

『は、はい。心の準備をしておきます』


 心の準備をするほどのことじゃないぞ、と丹恋は言いたくなったが、来訪を拒絶しようとしなかったのは大きな進歩だろう。

 泣きじゃくるあかりの姿は唄の心を苦しめたはずだ。けれど、今、唄は笑えている。出会ったときより唄は強くなったのだろうか。いつの間にか成長している唄と比べて、自分は何か変わったのだろうか、と丹恋は思った。

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