藪蛇

 遠山先生の言った通り、保護者への説明会は金曜に決定された。真希のスマホにも、『SNS上での特定のアカウントによる不審な投稿につきまして』と題したメールが届いた。開催場所は新体育館、時間は保護者の都合のつきやすい午後六時半から午後七時十五分まで。その影響で、部活動は臨時的に休止になる、とのことだった。そのため、生徒達は授業が終わる午後五時四十分にはぞろぞろと学校を出ていき、帰途につくはずだ。

 丹恋もそうしたかったのだが、遠山先生からパイプ椅子を並べるのを手伝う要員に数えられてしまったため、新体育館に向かっていた。

 璃子、そしてダメ元で声を掛けた唄を連れて――結莉はバイトが入ったらしい――新体育館に着くと、遠山先生がにこやかに手を振っていた。


「良く来てくれた。今度ジュース奢ってやるからさ」


 偉そうに言うので、「時給換算した分のジュースですか?」と訊くと、遠山先生は「仕事を思い出した」と言って、校舎に逃げ帰った。

 無理矢理肉体労働を頼んだ遠山先生は椅子を並べないとは。これからは夜道を気をつけてもらおうじゃないか。

 三人して溜息をついたあと、鉄製の重い引き戸を踏ん張って開けると、体育館にはステージ下の滑車の付いた巨大な収納ボックスがアリーナまで引き出され、そこには夥しい数のパイプ椅子が図書館の本棚のようにぎっちり入れられていた。その他、指示役の教員が一人、自分達と同じような目に遭ったらしい生徒が二十人ほど。

 ばっくれてもバレないんじゃないかと思ったが、三人とも根が真面目なため、教師の指示に従い黙々とパイプ椅子を並べた。持ち上げるときに前傾姿勢を取る度にスマホがポケットから落下しそうになったので、丹恋は一旦ステージにスマホを置いた。

 真面目なのは丹恋達だけではなく、ふざけ始めるような生徒はいなかった。それでも、並べ終わったのは開始時間の十分前で、もう外で保護者が待っているというものだから、苦労を労われることもなく、生徒達は体育館を出る羽目になった。

 百名は超えているだろう保護者らは続々と、体育館の中に吸い込まれていき、パイプ椅子特有の小さなモンスターが呻いたような音が連鎖した。

 帰ろうか、と誰が言い出したわけでもなく、三人は帰途に着き、最寄りの駅まであと少しというところで、丹恋はスマホをステージに置いたままにしていたことに気づいた。

 さすがに駅まで来て、皆で引き返す選択肢はない。丹恋は二人に先に帰るよう言って、来た道を引き返そうとしたとき、唄が「今はやめた方が良いです」と引き留めた。


「今戻っても、説明会の最中で当分中には入れませんし」


 自分達はそのためにパイプ椅子を並べる羽目になったというのに、人間焦ると正常な判断は下せないのだ、と丹恋はしみじみ思った。

 外で暇を潰すのは暑くて耐えられない。駅前のハンバーガーショップで四十分ばかり暇を持て余してから、戻ることにした。丹恋は一人で入店するつもりだったが、唄は一緒に待つと言ってくれた。

 唄の分までポテトとダイエットコークを注文してから、二名用のテーブル席に向かい合わせで座った。


「良かったの? 私が戻ってくるまで待ったらけっこう遅くなるよ」

「帰っても特にすることないですし。この前買ったゲームはやり込み要素がなくて、ストーリーを一周したら気が済んでしまいました」


 まだ一週間も経ってないのに、ゲームを消化してしまうなんて勿体ない気もするが、そうなんだ、と相槌を打った。

 最近は事件の話ばかりで、唄自身の話をする機会がほとんどなかった。久しぶりに話す〝普通のこと〟は普通に楽しかった。事件の刺激なんかがなくたって良かった。

 あっという間に時間が来て、丹恋は「二十分もかからないから」と宣言して、学校まで走った。

 外はすっかり暗くなっている。該当や住宅の窓から漏れる明かりがなければ、心細くなりそうだ。

 校門前まで来ると、説明会に参加した保護者達は既に帰ったあとだった。校門の鍵がかかっていないことを確認して、校門を抜けた。

 新体育館に向かおうと正面にある本館に向かって左に歩を進めようとしたとき、人影を右に見た。無視して進もうとしたが、後ろ髪を引かれ、新体育館に向かう前に人影が見間違いではないことを確認することにした。

 何となく足音を立てないように、ゆっくり進むとその人物の後ろ姿をはっきりと捉えた。

 ――なんであの人がこんな時間に?

 そのまま後を追うと、”あの人”が立ち入る必要のない建物に入っていった。

 何のためなのか、気になって丹恋も建物に侵入した。後を追っていた人物は先に入ったはずなのに、明かりがついておらず、おかしいと思ったとき――。

 首筋から脳天まで貫く激痛と、暴力的に連続する破裂音が丹恋を襲った。

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