唄との決裂
「絶対に無実なんだって」
帰宅する寸前の唄の腕を引ったくるように掴んで、空いている椅子に座らせて、未里に降り掛かった災難について話すと、唄は苦い顔をし、居合わせていた神野先生は既に知っていたのか表情から驚きは窺えなかった。
「唄、力を貸して」
「言いましたよね? 探偵はやりません」
「今回は遊びでも、仕事でもない。ただ、無実の未里を助けたいの。友達として」
「私にとっては……ただのクラスメイトです」
唄は躊躇ったあと、結局は冷淡な言葉を放った。
「何でそんな酷いこと言うの?」
「……酷いことですか? 入学初日から一度も顔を合わせていないクラスメイトを、友達だから助けるなんてそんな善人にはなれません」
どうしてわかってくれないんだ、という意志が迸りそうなほど、唄は語気を強めた。そして、自分の発した言葉そのものにがっかりしたような顔をした。
目尻にじゅわっと滲んだ涙を拭かないまま、彼女は通学鞄を手に保健室を出て行った。
「地雷を踏んじゃったのかしらね」神野先生が言う。
唄という少女のことを丹恋は学校で一番知っているという自負があった。一部を知っただけで、全部を知ったつもりになってしまう。そんなミスをいつまで繰り返しているんだろう。情けない。自分が。
「言ってたんです。どこにいたって馴染めないから、高校はどこでも良かったって」
「そっか」
「あんなに頭良かったらきっと中高一貫校だったんだと思う。なのに、高校を変えるのって、唄にとってとても大きな出来事があったからだと思います」
「そうかもしれないね」
「私、深く訊くのは止めたんですよ。それが、自分では気を遣っていたつもりだったんです。でも、それって唄をちゃんと知ろうとしない自分への言い訳ですよね?」
鼻が詰まり、声が曇るのを丹恋は感じていた。おかしいな。風邪は引いていないのに。
ぶわっと温い水が丹恋の目から溢れた。
今日はこんなつもりで家を出てきたんじゃないのに。友達が疑われて、友達と喧嘩して、こんなこと誰が予想できるというんだろう。
羨ましい青春してるわね、と神野先生がティッシュを何枚か手渡してくれた。目を拭き、ちーんと鼻をかんでいる間にどうにか涙が治まってきた。
「それで、無実のその子にかかった嫌疑はどうなるのかしら? 唄ちゃんの協力なしじゃ難しいんじゃない?」
「それでもやります。難しくても、私だけじゃ力不足でも。友達との、約束ですから」
自分を鼓舞するように丹恋は言葉を重ねた。
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