丹恋の決意

 翌日、未里は学校を休んだ。

 遠山先生の働きかけで停学処分が正式に決定されるのに猶予が与えられたというが、三日だけのとても短いものだった。未里の両親は放任主義で、学校に抗議をするようなこともなかったらしい。未里はすっかり落ち込んでしまって、事情を伝える連絡以降は丹恋からのメッセージにも既読がつかなくなっていた。

 独り、布団の中で泣いている様子が思い浮かんでじくじくと胸が疼いた。

 三日。時間がない、なさすぎる。

 とにかく動き出そう。丹恋は好きな刑事ドラマを思い返しながら、その手順通りに捜査を進めることに決めた。

 事件について聞き込みを重ね、あとは現場百遍。名優が演じるくたびれた背広を着たグレーヘアの刑事が新米刑事に向かって毎話のように言い聞かせる言葉だった。現代の刑事達はさすがに百回も現場に行くことはないだろうが、科学捜査なんて使えないのだからここは昭和の刑事に倣うしかない。

 丹恋はほとんど一日中上の空で過ごし、放課後を待った。チャイムが鳴ってすぐに遠山先生を捕まえて、彼が部活指導に行かなくてはいけない時間まで窃盗事件の詳細を聞いた。

 教鞭をとっているだけあって、遠山の説明は頭に入ってきやすかった。

 五月二十六日、午前七時五十分頃、顧問を務める柔道部の朝練のために武野が出勤してきたときには何の異変も気づかなかった。既に生徒が一人も登校していない朝七時半には数人の教師が出勤しており、朝早くに盗みに入った可能性はないという。

 朝練が終わり、いつものように近くのコンビニまで煙草を買いに行こうと、抽斗に入れておいた財布を取ろうとしたときに、偶然、問題用紙に目が留まった。

 問題用紙は試験直前になってから確定版を印刷にかけるのだが、武野は毎年同じ問題を使い回しているため、担当クラス分の問題用紙を二週間近く前には刷り終わっていたのだ。

 刷り終わった一番上の用紙の左上に、武野分と示すためのチェックマークを二十五日に書いたのだが、これが大きなポイントになる。武野は用紙をマークが奥に向くように抽斗にしまっていたため、財布が天板に引っかかり抽斗の奥までスライドしてしまったのを取り出そうとして限界まで抽斗を引いたときにチェックマークの書かれた用紙がなくなっていることに気がついた。という経緯らしい。

 つまり、武野が二十五日に問題用紙の盗まれたと判断できたのは、たまたま二十五日にチェックマークを書き、たまたまその翌日に紛失に気づいたからなのだ。ずっと盗まれたことに気づかない場合もあったのでは、と丹恋は考えたが、二、三日のうちに枚数確認ののち、ちゃんとした金庫に問題用紙をまとめて保管する流れになっているらしく、窃盗の発生自体には近いうちにに気づいただろうとのことだった。

 武野が大騒ぎして、噂を聞きつけた神野先生や校務員の久留米くるめまで加わって朝から職員室の大捜索が行われたが、発見には至らなかった。職員全員に心当たりはないか訊いても、自分が盗ったという者は勿論おらず、武野のデスクで怪しい動きする者を見たという者すらいなかった。主要教科にはそれぞれ準備室が設けられ、そちらのデスクで休む教員も多いが、職員室の方が改装されて新しいため常時二、三人は職員室にいるのに、だ。

 それから、二つある校門を捉える防犯カメラの映像を確認することになり、その結果――網野未里のみに犯行が可能だったという判断になったのだ。

 防犯カメラが起動しているのは午後七時から午前八時まで。生徒が登下校する時間帯はプライバシーの侵害だと以前のPTA会長から抗議があったとかで、こんな不完全な監視状況になっているとのことだったが、校門には警備員が配置されているため不審者がいればわかるし、今回に関しては日中帯の記録は影響を及ぼさない。

 話を聞いて、何か穴が見つかるのでは、と丹恋は思っていたが、上手くはいかないものだ。

 受験以降、こんなに頭を使ったのは初めてだ。


 ――そりゃそうか。私が考えつくこと、大人はとっくに考えついてるよなぁ。


 ため息をついたあと校舎を出て、正門まで歩いた。

 セットが乱れることも忘れて、丹恋は金髪を掻き上げる。


「ここで諦めてたまるかっつうの」


 眼の前に姿形もわからない真犯人を思い浮かべて、睨みあげる。


「絶対、真犯人を見つけてやるから」


 生温い風が後ろから吹き、丹恋の髪とスカートを揺らした。

 誰かに聞かれるような声量ではなかったが、放課後何も持たずに正門に立っている丹恋は下校や部活中の生徒達に怪訝そうに見られていた。それに遅れて気づき、寸前に吐いた台詞の青臭さまで思い出した。


 ――ここ数年で一番恥ずかしいって!


 俯きながら、丹恋は夜中に忍び込んだ方法を探し始める。好気に満ちた視線だけではなく、熱心に見つめる眼差しまであることに丹恋はまだ気づいていなかった。

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