名探偵がいないと
手始めにフェンスを登ることは本当に不可能なのか、丹恋は確かめてみようと思った。
行儀が悪いとは思うが、スカートの下には体操着の短パンを履いたから、何者の視線も気にする必要はない。
校舎の外側ヘ周りフェンスに手足を掛けて、ぐいっと身体を持ち上げる。合気道で養った軽妙な身のこなしで、ぐんぐんフェンスを登っていく。問題はこの金属の茨を越えられるか、だ。
まるで監獄のような本格的な有刺鉄線。手袋をしていようが、簡単に突き破って肉に刺さってしまいそうだ。フェンスが反り返っているせいで、ぴょんと有刺鉄線を超えるのも不可能だった。
溜息をついて、丹恋は地面に戻った。
「フェンスを越えた可能性は、ないと」
となると、正真正銘の抜け穴を見つけ出すしかない。
白く、にきびのない頬を丹恋はぱんと両手で叩いて気合を入れた。
校舎側、道路側ともに植え込みのある辺りのフェンスなら抜け穴があっても発覚していない可能性はあり得る。さすがに道路側から植え込みを探るのは通報されそうだから、丹恋は再び校舎側に戻った。正門から入り、右に回り込むと、本館から別館にかけて西側のフェンスはツツジの植え込みに挟まれている。ツツジは開校時に寄贈されたのだそうで、こんな中途半端な範囲にしかない。それでも十メートルちょっとは幅があるだろうか。開校したのはもう何十年も前なのに、校務員が毎日如雨露で水やりをしているおかけでいまだに綺麗な花を咲かせる。時期は過ぎたが、まだ何輪かピンクの花が丹恋の視界に入っていた。
これは体操着に着替えたほうが良かったな、と後悔しながら、植え込みとフェンスの間に足を踏み入れていく。一歩目で、スニーカーが泥で汚れてしまい、丹恋は叫びそうになるのを抑えた。
――このくらい、どうってことない。今の未里に比べたら。
枝や葉っぱで腕や足に引っかき傷を作りながら、植え込みに隠れたフェンスを注視する。抜け穴があるとすればフェンスが切られ、鋭利な先端が剥き出しになっているはずだ。そんなものに足を引っ掛けようものなら、枝や葉っぱの比ではない。血まみれになってしまうだろう。
慎重に一歩ずつ足を踏み出していく。
靴下より上の太腿に傷が増えていく。毎晩ボディクリームを塗ってケアをしていたが、構わない。
首の後ろに汗の粒がつるりと伝ったとき、丹恋は植え込みを抜け出てしまった。
「嘘……ここにもないの?」
ヒリヒリする足を動かして、敷地の内周をぐるりと走ることにした。それでも、抜け穴は見つからない。一周する頃には、丹恋の足取りは鉛のように重くなっていた。
丹恋は期待通りの結果が出ると、楽観視していた。
それなのに、頭の中には、想像したくもない答えが出ている。
カメラに映らずに、夜中に忍び込む方法はない。
それはつまり、そういうことだ。
この世に透明人間がいない限り、問題用紙を盗んだのは……。
涙が溢れてくる。
丹恋は手の甲で雑に目尻を拭いながら、自分が駆け出した場所まで辿り着いた。
何の涙なんだろう。裏切られたから?
違う。未里は嘘なんかついているようには見えなかった。自分の無力さが苦しいのだ。絶対に、答えはあるはずだ。それが、自分には導き出せない。
いつの間にか丹恋は俯いて乾いた地面を見つめていた。
諦めたら、未里はずっと殻の中。
「……でも、もう私じゃ」
誰かに届けるつもりでもないのに、言葉は溢れる。
探偵はこんなに孤独なのだ。自分の思考を信じて、真実に辿り着く保証もないまま進まなければならないとは。
唄もこんな思いをしたのだろうか?
「助けて」
また一つ、気持ちが口から溢れたとき。
「わかりました」と、心に明かりを添えるような声がした。
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