協力者の出現

 職員室の引き戸に『定期試験前後二週間は生徒の立ち入りを禁ずる』と貼り紙がされていた。

 丹恋に湧き上がる怒りはそれをビリビリに破いて、ノックなしに扉を開けてやれと煽っていたが、深呼吸をして冷静さを取り戻した。

 未里を守ろうとしているときに、わざわざ自分で弱みを作ることはない。

 ノックをして、誰か教師が出てくるのを待った。

 すると、疲れ切った顔の遠山が引き戸を開け、丹恋を目に留めると眉を顰めた。彼が疲弊している訳は容易に想像がつく。


「何だ? 長慶寺」

「何だじゃありません。未里がやったと本気で思ってるんですか?」


 教師に真っ向からぶつかるような真似は一度もしたことがない割に、案外泰然とした態度を取れていることに丹恋は驚いていた。刑事の母の遺伝子が活きているのだろうか。

 遠山は一歩後退り、再び引き戸に手を伸ばしたが、諦めたように肩を落とした。


「本人から聞いたのか? わかった、ちょっとそこで待っててくれ」

「はい」


 廊下で一、二分待っていると、遠山が肩を揉みながら愛想笑いを浮かべて戻ってきた。気分を切り替えるために職員室に戻ったらしい。マスク越しにコーヒーを飲んだときの饐えた臭いがする。

 フロアの東端まで移動し、遠山が非常扉を開けると、冷たい風が吹きつけた。昨日の日差しはあんなに強かったのに、今日は朝から肌寒かった。

 非常階段の踊り場の錆びついた柵に遠山が肘をつき、ため息を付いた。


「網野がやったと思ってるか、だよな? 思ってないよ、俺は。でも、本人が認めちまったからな」

「それなら未里から手紙をもらったので無効です。教師達から自白を強要されたと、しっかりと書いてもらいました」

「自白の強要って大げさな……そうでもないか。武野先生がかなりキツかったんだよ。普通の女の子じゃ、あんな怒鳴られたら耐えられない」

「武野先生って、相撲部屋の親方みたいな?」

「上手い喩えだな。そう、その武野先生だ。何が何でも犯人を見つけると躍起になってな」

「そんな正義感が強い人には見えませんでしたけど」

「盗まれた問題用紙の作成者は武野先生だったんだ。そもそもあの人が完成した問題用紙を自分のデスクの抽斗に閉まっておいたのが悪いんだぜ。鍵付きだったが、その鍵は机の上にいつも置いてあった。なんなら、日中は旧体育館の鍵をそこに入れてるから抽斗を鍵は施錠してなかったぐらいだ。管理者としての責任を追及される前に犯人を探し出して終わりにしたかったんだと思う」


 理解はできたが、到底納得なんてできない。そんなアンフェアな状況で、未里は闘ったのだ。悔しさが丹恋の胸に沸々とわき上がる。


「そんな大人の勝手な都合で未里は傷つけられたんですか? どうして先生は庇わなかったんです?」

「証拠がなかったら止めた。昨日は普段より教師陣が早く帰る日だったから、俺達が校舎を出るときに校舎に残っている奴がいないか急に見回りをした。その後に校舎に出入りしたのは網野だけだった。これは、もう、そういうことじゃないか? わかってくれるよな?」

「じゃあ、カメラに映らずに侵入する方法があれば、未里が犯人だと特定する根拠はなくなりますね?」

「……そういうことになるが、難しいと思うぞ。敷地を取り囲むフェンスは三メートル以上あって、フェンスの上部は敷地外に向けて反り返ってる。それに、てっぺんには茨みたいに棘の付いた針金が絡みついてる。登ろうとすれば怪我をしちまうだろうさ」

「きっと、抜け穴があるんですよ」

「長慶寺は、まだ信じるんだな。まだ付き合いも長くないだろう?」

「そんなの、直感ですよ」


 おかしなことを訊くと丹恋は思った。直感以外に人を信じる理由なんてないだろうに。証拠はその補強に過ぎない。

 きっぱり言うと、遠山はきょとんとした表情の後、疲れなど吹き飛んだかのように破顔した。校舎にまで響くのではないかというくらい大声で笑い続けた。馬鹿にされている風ではない。


「わかった、俺も腹をくくる。何かわからないことがあれば聞いてくれ。先生も、網野の無実を証明するためならリスクを冒す」

「先生……」


 決心がついて気分が晴れたのか、遠山は柵からのっそりと身体を離し、快活に笑った。

 彼自身も担任をするクラスの教え子を信じたいという思いがあったに違いない。一人だけ誰かを信じるというのは心細く、簡単に揺らいでしまうものなのかもしれないと丹恋は思った。

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