未里の証言

 未里が夜の学校へ足を踏み入れたのは午後八時三十二分のことだった。時刻が正確に判明しているのは、裏門に取り付けられた防犯カメラが街灯に照らされた彼女の姿を捉えていたからだ。午後九時までは教師が残業していることが多く、校門にセキュリティロックがかかっていないから門をよじ登るようなこともしなくていい。

 未里は昇降口の鍵が閉まってることに気づき、遅くまで部活動をする生徒のほとんどが知っている、鍵のかかっていない新体育館側の本館一階の掃出し窓から一年二組の教室へ。ここまでカメラには映っていないが、未里の体感では五、六分だった。教室からワークを取るのには二、三分。裏門から出ていく姿が映っていたのが午後八時四十五分だったそうだから概ね合っている。

 未里にとっての昨晩の出来事はこれだけだった。

 夜の校舎に侵入することは黙認されている。何の目的なのかはわからないが夜な夜な校舎に忍び込んでいる生徒がいるという噂も生徒の間で密かに広まっていた。

 つまるところ、未里は夜の校舎に侵入したこと自体ではなく、身に覚えのない悪事で詰問されることになったのだ。

 期末試験の問題用紙が、職員室から一部だけ失くなった。盗んだのは放課後に忍び込んだ未里だと決めてかかり、終いには無理やり罪を認めさせた。その結果、彼女は一週間の停学処分が下ったというのだ。

 悔しくてたまらず、解放されてからも校舎から出られず泣き続けていた。


 ――こんな理不尽がまかり通るなんて。ふざけんな、マジで。


 丹恋は通学鞄から予備の綺麗なハンドタオルを取り出し未里に渡した。タオルに刺繍された兎のキャラクターが未里を慰めているように見えた。


「私、絶対やってない。信じられないかもしれないけど」

「信じるに決まってんじゃん。未里はそんなことする人じゃないってわかってる。違う?」

「ううん、合ってる。なんか、自分で言うと自慢みたいだね」

「確かに。……ちょっと、笑顔戻ったね」

「ありがとう、丹恋ちゃん。ねぇ、このことは誰にも言わないで?」

「言いふらしたりはしないけど、でもやってないなら堂々としてなきゃ」

「私、今、よわよわだから。もう、頑張れないよ」

「馬鹿なことは考えちゃ駄目だよ。今どき、自白の強要なんて警察でもやらない。戦う余地はあるよ。濡れ衣を着せられて、停学処分まで食らうなんて、未里の指定校推薦の可能性がなくなることになる。やってないなら、辛くても戦わないと」

「でも、私だけじゃとても」

「大丈夫、未里は一筆書いて。自分は無実で、無理矢理罪を認めさせられたって」

「わかった、けど……それで、どうするの?」

「ひとまず、私が職員室に乗り込む。それで、未里の処分を保留にするように言うから」

「それで先生達が納得するのかな?」

「しないと思う。でも、力になってくれる存在が頭に浮かんでるんだ。きっと、何とかしてくれる。未里は今日はもう帰って。親御さんには早めに事情を話しておけば、味方になってくれるよ」

「う、うん」


 心配そうに見つめる未里の頭をぽんぽんと撫でた。大丈夫、大丈夫。小さい頃良く母がやってくれたように思いを込めて。

 未里の書いた手紙を大事に持ち、丹恋は煮え滾った怒りを胸に秘めて職員室へ向かった。

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