実証の行方

 生徒の顔写真は立派な個人情報だから慎重に扱う必要があると遠山先生に言われたが、結局は渋々写真を集めて渡してくれた。他の教師に見つからないようこっそりと。

 彼にとって危ない橋を渡る行為だが、昨日の宣言通り腹をくくったということなのだろう。思いも託されたような気になって、正門に向かった。

 部活のない生徒は既に帰っていて、部活のある生徒はまだ帰る時間帯ではないため、校門は人通りがめっきりなかった。いるのは警備員のおじさんと、彼から数メートル離れた場所でスマホをいじっている唄だけだった。

 手を振って唄に呼びかける。


「もらってきたよ。で、どこ行く?」

「え? どこにも行きませんけど」

「は?」


 数秒、沈黙が流れる。

 ひとまず正門で、ということは、そこから移動するんじゃないのか?


「正門が目的地です。その次は、裏門に向かうという意味だったんですが……」

「えっ、じゃあ、この写真は何に使うの?」

「それはですね」


 唄が手を口の横に添えて、耳打ちしてくる。

 どうしてそんなことを?


「ってか、唄が直接訊けばいいじゃん」

「私を誰だと思ってるんですか?」

「なんで偉そうなの……。要はコミュ障だから、知らない人と極力話したくないってことでしょ?」

「ご名答! さすが、丹恋さん」


 唄はパチパチ拍手をして無理に丹恋を褒めそやした。

 こうしていても埒が明かないと悟った丹恋は、警備員の元へ歩き、すみませんと声をかけた。


「……どうしたんだい?」


 いきなり金髪にギャルメイクをした生徒に声をかけられ、怪訝そうな表情で警備員は反応した。あまりじろじろと警備員のおじさんを見たことはなかったが、彼は一週間のうちほとんどシフトに入っているようなので丹恋も覚えていた。


「聞きたいことがあるんです」


 丹恋は胸ポケットにしまっていた写真をトランプのように広げた。


「この中に昨日、ブレザーを着ていなかった生徒がいたか覚えていますか?」


 どうしてこんなことを訊く必要があるのか、まだ丹恋はわかっていなかった。ブレザーを着ていたか、脱いでいたかがそんなに重要だろうか?


「いや、いないね」

「そうですか。ありがとうございます」


 礼を言って逃げるように辞すると、唄が声をかけてきた。


「駄目でしたか」

「うん。でも、あんなこと訊いてどうすんの?」

「まあまあ。まだがっかりするのは早いですからね。さ、今度は裏門の警備員に訊いてみましょう」


 柏手を打つように二回掌を打ち合わせると、唄が裏門の方に歩き出した。

 先に着いても自分じゃ訊けないでしょーが、と内心ツッコみつつ、後を追う。

 裏門に立っていた警備員は体力的にばてていたのか、ばれないように少しだけ壁に体重を預けていた。

 先ほどの再放送のようなやり取りをすると、警備員は写真のうち一枚を指さした。


「昨日は肌寒かったからねぇ、風邪でも引きそうだなぁと思ったんだ。それで、こんなことを訊いてどうするんだい?」

「いえ、なんでもないです! ありがとうございます!」


 唄の元に走り、


「いた! 一人!」

「運が良かったです。その人物が犯人です」


 唄はにこやかな表情から、犯人という言葉を口にした途端、澤田を推理で追い詰めたときような鋭利で、凍てつくような眼差しになった。

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