炎天下の避難訓練
唄は校庭の列に向かっている途中で、気づいたら消えていた。彼女の姿を目で探すと、遠山先生に何か耳打ちしてそのまま校舎付近の日陰で独り佇んでいた。
この状況で単独行動するほうが勇者なのではないかという気もするが、全校生徒の人混みの中にいるのがそれだけ苦痛なのだろう。
それだけ人と接するのが、特に同年代の相手と接するのが怖くなったのはどうしてなのだろうか。気にならないといえば嘘になる。しかし、無理に聞き出すのは友人として正しい態度とは言えないだろう。
ふた月ほどの付き合いだが、丹恋にとってはまだ分厚いベールに包まれた存在なのだ。
丹恋が避難訓練に意識を戻したときには、校庭はいつの間にか数百人の高校生で溢れていた。
禿頭の教頭が金属製の朝礼台に上がる。拡声器を口元に当てると、キィーンとハウリングした。
「列を整えなさい。各クラス、出席番号が一番早いの男子と女子は先生達が並んでいるこちらに来るように。代表なんだからちゃんとブレザーは着なさいよ」
教頭は校舎沿いに並んでいる全教師陣に向かって左手を向けた。
各クラス男女一組がのろのろとした足取りでそちらに向かっていく。昼ご飯を食べてすぐに緊張した雰囲気をつくれというのはなかなか酷だと丹恋は思った。
いったい何の理由で彼らは呼ばれたのだろうか、と考えていると、教頭から説明があった。
今回の避難訓練は避難経路を確認するだけではなく、校舎の二階以上から脱出する訓練を実施するのだそうだ。呼ばれた彼らはその代表者ということになる。
肩と襟に格式高い刺繍の入ったブレザーを着た生徒達を灼きつける。気温はさほど高くないが、日向でずっと立たされているとどうしたって暑く感じる。
学級委員が各クラスの人数を確認し、教師に報告し終わると、校長が台に上がり、関係あるんだかわからない格式張ったスピーチを始めた。髪の薄い彼はきっと自分よりも辛いはずだと、妙に同情的な視線が多い気がする。そういえば、校長と教頭、どっちも禿げてるんだ、とどうでもいいことに丹恋は気づいた。
代表者らが校舎に入って、脱出し終えるまでに十分はかかっただろうか。今はただ、太陽の束縛からいち早く逃れたい。きっと全校生徒が同じ気持ちだろう。五月の終わりと言えども、熱中症になる可能性は充分にあるのに学校は生徒に無理をさせたがる。丹恋は日陰で涼んでいる唄を少し恨めしく思った。
解散の号令がかかると、水風船をぱちんと割ったみたいに一斉に生徒が離散した。
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