予告
帰り道の丹恋の頭の中では、いくつかの議論が交わされた。
議題はもちろん、5048は鳥山になぜ暴れるよう命じたのか、だ。ちなみに、鳥山が5048とのやり取りの画像を見せて、生徒指導担当の教員らに命令の事実が証明されている、と神野先生から教えられたため、鳥山の狂言という可能性は考慮せずに済んだ。
まずは唄も指摘していた、鳥山の〝おかしな点〟について、丹恋は振り返ってみた。
一つ目は、取り押さえられるときには鳥山は暴れなかったこと。
二つ目は、誰かを暴行しなかったこと。
三つ目は、武野先生の呟きの内容だ。
一つ目、二つ目については、命令されて嫌々暴れたからと説明できる。が、裏を返せば、どうして5048は鳥山の暴れる程度を指定しなかったのか、という疑問は残る。5048が鳥山に命令した理由が、鳥山に問題を起こさせて彼に不利益を生じさせるためなのだとしたら、誰かを怪我させろと命じた方が鳥山にとっては取り返しがつかない事態に追い込まれることになる。なぜ、手加減のような真似をしたのだろう?
三つ目については、丹恋は自分の考え過ぎだとも思っていた。
『お前だけは問題を起こさないと思っていた』
お前だけは。なぜ、鳥山だけ、だったのだろう?
鳥山が柔道部の中でも真面目だったから、そういう表現になったのだろうか?
「そこが気になりましたか」
ぼんやりとしていたら、気づかぬうちにぼそぼそ口に出していたようだ。唄は小さい歩幅で忙しなくちょこちょこと歩いている。
「あー、うん。なんか、気になっちゃって。私が心配性なだけだとは思うんだけどね」
「柔道部の素行が悪いなんて話は聞いたことがありませんし、その生徒だけは、という表現は私も引っ掛かりますよ。ただ、武野先生に訊いたとしても返答してくれるとは思いませんし、あの人は苦手なので極力関わりたくありません」
「あー、わかる。あの人は私も苦手。子供好きってタイプじゃないのに、何で教師なんかやってるんだろう?」
「人は変わりますから。ああ見えて、新米教師の頃は熱血教師だったりしたのかもしれません」
脳内で武野先生を若返らせてみようとしたが、彼の額や眉間に刻まれた深い皺が消去できず、不気味なモンタージュのような顔しか想像できなかった。
「駄目だ、全然想像できない」
唄がぷぷっと吹き出した。
「私もです。ああ、なんだかいいですね。こうやって、友達と一緒に帰るのって。中学生の頃は、こんな時間、想像もできなかったです」
唄は正直過ぎるのかもしれない。中学生のとき、一緒に帰る相手がいなかったのも、この瞬間、丹恋が唄を愛おしく思うのも、唄が胸の内を素直に伝えるからだ。
「ならさ。これからもさ、お互い忙しくなることもあるだろうけど、一緒に帰るのは止めないようにしよう」
「はい! あ、でも、こんな事件の話なんてしたくないですけど」
そりゃ、そうだ。こんな物騒な事件のことなんて、疲れ切った一日の終わりに――唄は寝ていただけかもしれないけれど――話したくないという気持ちは理解できた。
そこで、丹恋は事件に感じていた違和感の一つをようやく言語化できた。
「5048が絡んでる事件、段々、悪質になってきてない?」
にこやかだった唄の左目が一瞬、鋭く光ったように見えた。
「では、次はより重大な被害をもたらす犯罪行為が起きると?」
「かなー、って。二件目の事件で一人熱中症になったのはアクシデントだったわけでしょ? 本来は三件目の方が誰かが傷ついたりする可能性は高かったんだし」
「そうですね。あり得る話ではあります。次は傷害か、もしくは殺人か」
「殺人って、そんなのヤバいじゃん! 先生に言わないと!」
「ですが、神野先生の言っていたようにこの学校はことなかれ主義のようですし、まだ次があると確定したわけではありません。父の威光を借りて掛け合っても、確固たる証拠がない限り動いてもらえないでしょう。動き方もわかりませんしね」
「5048のアカウントの作成者が誰なのか、えーっと、そうだ。開示請求してもらうとかさ」
「即時にということだと、刑事事件として警察に相談することになりますね。警察沙汰にするのをこの学校が受け入れるかは……。それに、開示請求をしても正体を特定できるかは怪しいです。5048は最初からやましいことをするつもりで、このアカウントを作ったんです。簡単に足がつくようなことをするかどうか……。通報機能でアカウントをロックすることは可能でしょうけど、また新たなアカウントを作成されておしまいです」
学校側が対策を取るべきだと納得させられる根拠――。
そんなもの、どうやって手に入れればいいのか。
丹恋はLinkyyを起動して、5048のアカウントを検索した。アカウント作成日の『よろしくお願いします!』という投稿だけが、ぽつんとアカウントページに残っている。投稿の右下に表示される表示回数が二千を超えていた。そして、今も増えている。
「ねぇ、見て! 5048のことまでもう噂で回ってるみたいなんだけど」
「なるほど。それで表示回数がぐんぐん伸びてるんですね」
これで、5048の存在は校内に知れ渡ったわけだ。一件目、二件目の解決済みの事件のことまで掘り返されるようなことにならなければいいのだが、それは難しいだろう。
事態が急転したのは、その日の夜の十二時六分のことだった。
5048のアカウントに動きがあれば通知が来るように丹恋は設定していたのだが、それが動作したのだ。投稿は今までたった一度きりだったというのに。
他者を虐げて優位にあろうとする者は、気をつけた方がいい。
次は人が死ぬ。
丹恋の通っていた小学校の近くで不審者情報があったときよりも、遥かに現実感があった。それほど、5048の存在が身近になっていたからなのだろう。
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