副作用

 教員達の間では5048の投稿を警察に相談するべきか否か、投稿翌日の職員会議は侃侃諤諤としたものになったらしい。

 良くある脅迫文のように、〇〇を殺すだとか、〇〇にナイフを刺すだとか、だったなら、判断に迷うことはなかった。

 人が死ぬ。そんなことは当たり前だし、前段にある『他者を虐げて優位にあろうとする者は、気をつけた方がいい。』というのも、教訓の範疇といえばそうなのだ。

 けれど、これまでにも事件が続いていることを踏まえると、『次は』という文字が四件目では、は殺人という犯罪がまたもや校内で行われることになるという意味合いを含ませている。

 つまるところ、投稿そのものでは脅迫罪には当たらない可能性が高いが、桜日高校の人間にとっては充分な脅迫足り得るという絶妙なラインだったのだ。

 結果、ひとまず警察に相談はしておき、保護者対応については問い合わせが相次いだときに限り、説明会を開いて対応する整理になった。

 丹恋はそれを朝から溜息をついている遠山先生から聞き出したのだった。

 議論の落着の仕方は多くの教員にとって、おおかた予想のつくものだったらしい。ことなかれ主義で、対応は後手後手。桜日高校に限らず、学校という組織にはそういう体質になりがちのようだ。

 遠山先生の溜息の原因は、保護者会が終わった頃に電話が連続してかかってきて、比較的教歴の浅い遠山先生は何度も電話応対する羽目になったからだった。


「じゃあ、説明会はやるんですね?」

「今日が水曜だから、翌日は準備が間に合わないとして、金曜にはやるんじゃないか。体育館にパイプ椅子並べたり、保護者に案内メールを配信したり、ただでさえ通常業務に押し潰されそうなのに次に死ぬのは教員だ」

「それはそれは、ご愁傷様です」

「冷たいこと言うなよ。良し決めた、長慶寺にはパイプ椅子を並べるの手伝ってもらうからな。仲の良い小岩井、春日にも頼んでやるから」

「ちょっ、勝手に――」

「じゃ、頼んだぞー」


 遠山先生は逃げるように教室から小走りで出て行った。

 背後から「ねー」と呼びかけられて振り向くと腕を組んだ結莉がいた。


「ウチらもしれっと巻き込まれてなかった?」

「みたいです」

「もう、しょうがないなー。変に首を突っ込むから――って言いたいところだけど、気にはなるよね。今まで二人が解決してきた事件のラスボスみたいなやつが今度は殺人の予告でしょ。平和な学校だと思ってたのに、色々起きすぎ」


 中三の夏、学校説明会で訪れたとき、丹恋の目には桜日高校が輝いて見えた。公立高校とは違う、真新しい校舎。可愛い制服を着こなす、お洒落な高校生。ここにいる人はきっと皆、学校が好きなんだろう。ぱちぱちと弾けるような感じがしたのを不意に思い出した。

 しかし、違った。思春期の少年達が閉じ込められた空間では、悩む人、悩ませる人が存在していた。鬱屈した感情が行き場なく、校舎に漂っているのを、あのときは気づかなかっただけだった。そう思うと、あのときの確かなぱちぱちまでも偽りだったようにさえ思えてきて、丹恋は目を逸らしたくなった。


「もし5048を捕まえようとしてるなら、やめた方が良いよ。殺人予告なんかする人に関わったらろくなことにならないと思うし」


 頷きながら、犯人を捕まえなければいけないという使命感を自分が持つ必要なんてないことに丹恋は気づいた。しかし、人が殺されるかもしれないのにそれを黙って見ているのは刑事の娘として――いや、丹恋自身の性に合わなかった。

 けれど、犯人の正体を暴くことは丹恋一人ではできないことだ。唄が必ず隣りにいる。自分一人なら身を守ることはできるが、唄までともなると自信がなかった。唄にもしものことがあったら、いくら自分を責めても虚しいだけだろう。


「丹恋ちゃん、大丈夫?」天使のような璃子が丹恋に向けて心配そうに小さく手を振っている。「暗い顔してたよ」

「あ、うん。身体は元気だから」

「なら、良かったー。二人で何の話してたの?」

「例のアカウントの話だよ」

「あー、そういうことかぁ」言う、璃子の表情が曇った。

「この前のこと、思い出させちゃった?」

「ううん、そっちはもう振り切れたから。ただ、今朝、ある投稿を見ちゃって。なんかやり切れない気持ちになったんだよね」

「それってどんな?」


 訊くと、璃子はスマホを取り出してLinkyyの画面を見せた。

 それは在校生らしき匿名のアカウントの投稿で、5048を礼賛するものだった。


『俺をいじめてる奴らから急に連絡来なくなったんだがwww。殺人予告さまさま。ありがとう5048マン』


 殺人予告を目にした生徒の中で、やましいことをしている自覚のある者は誰よりも殺されることを恐れている。その結果、殺人予告で救われる人が現れた。なんという皮肉だ。

 突然、閃きがあった。鳥山に衆人環視の中で暴れさせたのは、より5048の存在を生徒に知らしめて、殺人予告によるいじめの抑止効果を高めるためだったのではないだろうか。

 5048はいじめ被害者に復讐させるために犯罪計画を提供している。このまま殺人がずっと起きなければ、いじめ加害者達は次は自分かもしれないと怯え続けることになるのだから、5048の行動原理にぴたりと合うではないか。

 つまり、殺人予告をしたことで5048の目的は果たされた。実際に殺人が起きる心配はない。

 丹恋は唄にも早くこの推理を伝えようと廊下に出ようとしたとき、一時限目まで残り三分であることを知らせる予鈴が、掛け時計の横にあるスピーカーから流れた。

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