嫌な予感は

 二年生の鳥山とりやま天馬てんまは柔道部に所属し、真面目に部活に取り組む生徒として教師達からの評判は悪くなかった。

 そんな彼が昼休みの最中、談笑が響く教室で突然机をひっくり返して、柔道で鍛え上げられた剛腕で椅子をテニスラケットのようにぶん回した。

 椅子に弾かれて倒れてしまった周囲の机に置かれていた筆記具が、地面に落下したことで破損してしまうという被害は出たものの、怪我人が出なかったのは幸いだった。

 乱取りを日頃からこなしている屈強な身体で暴れる鳥山を抑えられるような人物は限られている。取り押さえたのは柔道部の顧問である武野だった。しかし、素手では分が悪いと判断した彼ははじめから校舎の数カ所に設置されている刺股――鳥山の在籍する二年二組の教室近くの階段の踊り場にもあった――を手にして、教室に入った。刺股を胸の辺りに押しつけられたときには鳥山も観念したのか椅子を床に投げ捨てたらしい。

 武野は教え子の愚行に怒りよりも困惑が込み上げてきたようで、


「お前だけは問題を起こさないと思っていたがな」


 と、言ったのを野次馬達は耳聡く聞いていた。

 現在鳥山は生徒指導担当の教員らに取り囲まれて暴れた理由を訊かれているらしい。

 そんな話が放課後には少なくない生徒に広まっていた。丹恋も例外ではなく、保健室の唄に会いに行ったときにその話を持ち出すと、彼女もまた噂を聞き及んでいたようで、ベッドに寝転がりながら、


「世に言う、キレる若者だと思っていいんでしょうか?」


 神妙な顔をして唄はポータブルのゲーム機を太腿の上に置いた。


「噂だけでもおかしな点が多いじゃないですか。何か嫌な予感がします」

「理由もなく暴れたわりにはあっけなく取り押さえられてるわけだしね。まあでも、まさに事情聴取中でしょ? じきにわかるんじゃない?」

「だといいんですが」


 と、不安を掻き立てるような言葉を残し、唄は再びゲームを始めた。

 まさか、また5048が絡んでいると言うのだろうか? 女子マラソン部の事件から一週間も経っていない中での出来事ではあるが、今回は犯人がはじめから分かり切っている。犯人が特定できないようなトリックを用いた犯行計画をLinkyyを通じて提供し、復讐を果たさせようとした、これまでの事件とは毛色が違うことは歴然としている。

 もし、ただの暴行事件ではないとしても、5048は今回は無関係だろう。

 唄は疑り深くなり過ぎているのだ、と丹恋の中で結論づけた。

 ベッドの周りのカーテンがぴしゃっとレールと擦れて音を立てて、開かれた。

 カーテンを引いた神野先生は、額に皺が寄るほどに目を見張りながら、チョココロネのような指を三本立てている。


「三度目よ、三度目」

「はい?」

「また例のアカウントの名前が出てきたのよ。鳥山君は5048に命令されてこんなことをしたと証言したらしいわ。二度あることは三度ある。ことわざが嫌な形で実証されたわね」


 唄の心配は杞憂には終わってくれなかった。

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