最終章 モリアーティの卒業
楽しい時間も束の間
昼休みの保健室は健康な生徒で満ちていた。どこかから引っ張ってきた机にはスナック菓子の袋が所謂パーティー開けされていて、それを生徒と養護教諭が取り囲んでいた。生徒の内訳は、保健室の主になりつつある唄、丹恋、結莉、璃子だった。
唄は緊張しているようで顔も身体も強張っていたが、前のように丹恋の背後で怯えるまではいかなかった。
この催しは女子マラソン部の事件が無事に解決したことで、細やかなお祝いをしようと結莉が発案したものだった。丹恋が唄に会ったときに、鼻の穴が広がっていたからどうやら楽しみにしていたらしい。
サイダーの注がれた紙コップを神野先生まで持って、璃子による乾杯の挨拶を待った。
「みんなのおかげで女子マラソン部が再出発できそうです。沙紀ちゃんとも仲良くなれたし、本当に、本当にありがとうございました。じゃあ、乾杯!」
小さな手で璃子が紙コップを遠慮がちに掲げると、皆もそれに合わせて「乾杯!」と続いた。
結莉と璃子から波状攻撃のように、唄は質問攻めに遭っていた。緊張はしているようだったが、酷く取り乱したりはしていない。
「すみません、保健室を打ち上げに使ってしまって」
丹恋はサイダーを飲む神野先生に声を掛けた。
「別にいいのよ。今日は休みに来た生徒はいないし、退屈を凌げてありがたいくらい。あ、そうだ。この前の女子マラソン部が軟禁された件も、5048が関わってたんでしょう?」
「先生、耳が早いですね。そうなんです。これで、二件目ですよ」
「二度あることは三度ある、っていうし、心配だわ。唄ちゃんの推理にも限界があるでしょうしね」
推理の限界、か。
女子マラソン部の事件では、犯人と証明する直接的な証拠がなかった。それは推理の限界に他ならないだろう。
「それに、できることなら何も起こらないうちに食い止めたいわよね。被害者が出てからじゃ遅いもの」
「そうですね……。一件目と違って、二件目は熱中症になった人もいますし。段々とエスカレートしてるような気がします。5048の正体が判明すればいいんですけど。学校としては何か対策をしたりしないんですか?」
「ことなかれ主義だから、桜日高校は。熱中症になった生徒が早く回復したから、警察に相談もしてないし。例のアカウントを開示請求で突き止めるなんて話も出たみたいだけど、結局は様子見に落着ですって」
「何かあってからじゃ、遅いのに」
「そうねぇ……。あ、ごめんなさいね、暗い話して。少し空けるから、留守番よろしくね」
神野先生はそう言うと、財布を片手に保健室を出て行った。養護教諭の神野先生は職員室にデスクがないため、職員室にいるのは朝の職員会議くらいのもので、保健室を空けるときは学校近くのコンビニかスーパーに行っている。保健室に常駐することが想定される立場だからなのだろうが、時々保健体育の授業を請け負うこともあると聞く。仲間外れにしているように思えた。
けれど、神野先生の耳の早さを考えると、職員同士の関係性は良好なのだろう。神野先生はカウンセラーの資格も持っているらしく、生徒から相談を受けることもある。場合によっては担任にエスカレーションすることもあるから、一般科目の教員達も神野先生を軽んじることはできないのだ。
唄が他の教員よりも神野先生に心を許しているのも、カウンセラーとしての経験の賜物だろうか。
神野先生がビニール袋を提げて戻ったきた数分後、昼休みを二十分近く残したタイミングで打ち上げは強制終了となった。
二年生の男子生徒がいきなり暴れ出し、校内が騒然とするトラブルがあったからだった。
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