リモート探偵

「璃子のどこにも悪いとこないよね?」


 璃子への心配と、真面目過ぎる彼女への呆れが混ざったような顔で結莉が丹恋に尋ねた。


「ないね」

「だよね。ほら、璃子が責任感じる必要ないんだよ。悪いのは犯人でしょ」

「そうそう。それで、犯人は誰だったの?」


 わからなかったみたい、と璃子は首を振った。


「えっ、カメラの映像は? 映してたアングルが悪かったとか?」

「カメラは一階、二階の通路にあったし、アングルも問題なかったって。でも……」

「でも?」

「外壁まで回っていたカメラの電源ケーブルが切られてたみたいで、雨が降り出す三十分前くらいからの映像は残ってなかったって」

「ちょっと、それって計画犯だったってこと?」


 結莉の口から出た、浮上するのは当然とも言える疑問が今朝丹恋の頭を過った予感を再び呼び起こした。

 計画犯。

 この前の、問題用紙窃盗事件。

 そして、今回の陸上部員軟禁事件。

 この二つは繋がっていて、繋げているのが春川大吾を唆した匿名の人物だとしたら?


「……やっぱり、終わりじゃなかったんだ」

「丹恋。今、何か言った?」

「ううん、何でもない」


 確証がない段階で例のアカウントの話をするのは混乱させるだろうと、丹恋は首を振った。5048については、この前の事件当事者しか知らない。

 唄にも今回の事件を伝えるべきだとは思うが、璃子の知っている範囲でさらに詳細を訊いておくべきか。


「ケーブルを切る瞬間を目撃してた人はいなかったの?」

「いなかったって、聞いたよ」

「そっか。ケーブルが切られたカメラは一階、二階どっち?」

「それが両方切られてたみたいで」

「どっちの非常口から犯人が部室棟に入ったのかは、わからない?」

「私は知らないの。部長は先生達と一緒に調べてたみたいだから、知ってるかもしれないけど」

「丹恋、そんな詳しく訊いてどうするの? 何か考えが……あ、もしかして」

「相談はしてみようと思う。引き受けてくれるかはわかんないけど」


 相談相手が誰なのか結莉は既に察していたが、璃子は未だピンと来ていなかった。


「璃子、わかってないな。ほら、未里の冤罪を晴らしてくれたのは誰だっけ?」

「あ……剣持さんだよね?」


 璃子が声をひそめて言った。

 唄の意向があって、未里に近しい友人の他には唄の探偵としての働きは伝えておらず、その範囲外には言いふらさないよう頼んであった。璃子は気遣ってくれたのだ。


「剣持さんならぱぱっと犯人わかっちゃいそう」


 良案だと共感するようにうんうんと頷いて、よかったねと結莉が璃子に声をかけた。すると、同意するかと思いきや璃子は首を振った。


「もし、犯人が見つかったとしても、私のしたことは変わらないし。きっと、被害者がいるって知ったら、犯人の人も後悔して自首してくれると思うから」


 力のない笑顔だった。いつもは相手も笑顔にしてしまうくらい屈託なく笑うのに。

 それからゆらゆらと璃子は席に戻り、また最低限しか言葉を発さない状態に突入してしまった。泣くことはなかったが彼女が元気を取り戻すこともないまま、放課後を迎えてしまった。

 丹恋が教室を出ていこうとしたとき、ラメの入ったネイルが指先に光る手で結莉が手招きしているのが目に入った。


「どうした?」

「璃子は大丈夫って言ってたけど、六時間目で早退してたし。だから、私の独断にはなるんだけど、やっぱり剣持さんに協力してもらうよう頼んでくれないかな?」

「あ、うん。それはいいけど、璃子は帰っちゃったし、事件に詳しい人がいなくない?」

「それはこっちでどうにかした。璃子の話に出てきたあかり先輩は、同中だから連絡先知ってたんだ。女子マラソン部は臨時で部活が休みになったらしくて、話したら何でも協力してくれるって。職員室に寄ってから教室に向かうって行ってくれたから、たぶんそろそろ――」

「あ、久しぶり」


 赤っぽい茶髪ボブカットの三年生女子が手を振って、教室に入ってきた。


「お久しぶりです、あかり先輩。覚えててくれたんですね」

「知り合いの知り合いくらいだったけど、あの頃から結莉ちゃん可愛かったし覚えてて」


 なるほど。二人は親しい間柄ではないらしい。

 丹恋が簡単に名乗ると、あかりも簡単に自己紹介をしてくれた。言葉遣いもきちんとしていて、後輩部員はきっと彼女のことを尊敬しているのだろう。


「それで、犯人を突き止めてくれるって本当?」

「突き止めるのは私ではなく、クラスメイトなんですけど、この場にはいません。たぶん、保健室にいると思うんですが」

「わかった。それはいいんだけど、本当に犯人わかるの? 私や先生が昨日調べ回ってもわからなかったのに」


 協力してくれると聞いていたが、あかりは半信半疑といった様子だった。

 無理もないと丹恋は思った。実際に自分の目で見なければ、名探偵なんて虚構が世の中に実在するなんて信じられないのが人の性だろう。


「私はそう信じてます」

「そう……。私もあのとき、そんな風に言い切れたら……」

「え?」

「何でもない。じゃ、保健室に向かえばいい?」

「あ、そうですね」


 あかりが何を言いかけたのか気になったが、知り合ったばかりの間柄で深入りすることでもない。

 丹恋が先陣を切って保健室まで移動すると、いつもと違う気がした。何がどう違うのかは、すぐにわかった。


「えっ、唄、もう帰っちゃったんですか?」

「そうなのよ。新作ゲームが家に届いてるからって」


 神野先生の言う通りなら、そろそろ用事は終わったのではないだろうか。丹恋は断りを入れて、唄に電話をかけた。

 数回のコールのあと、やや不機嫌な声が聞こえた。


『どうしたんです? 電車に乗ってたのを降りたんですけど?』

「ごめんごめん。実は、昨日――」


 唄にも女子マラソン部に起きた事件のあらましをかなり大雑把に伝えた。


『そんなことがあったんですね。でも、どうして私に?』

「もしかしたら察してるかもだけど、犯人がまだ捕まってないの。だから、唄の力を借りれたらって流れに」

『そんなことを言われても私は一介の高校生ですから。この前の事件を解決できたのは運が味方をしてくれた部分が大きかったんですよ』

「そこをなんとか。それに、連続して事件が起きるなんて偶然とは思えないじゃん?」


 電話の向こうで唄が唸る音が聞こえた。


『例の5048の正体を暴けなかった責任は私にもあります。でも、今日はもう学校には戻りたくありません。帰って、早くゲームをしたいんです』

「わかった。じゃあ、これならどう? 学校で調査をするのはこっちだけでやって、動画とか写真を唄に送信するから意見を聞かせてよ」

『安楽椅子探偵スタイルですか。さすがに資料だけ見て犯人を言い当てる自信はないです。テレビ電話を繋ぎっぱなしにしてもらえますか?』

「引き受けてくれるの?」

『そんな風に聞き返されたら気が変わっちゃいそうなんですけど』

「意地悪言わないでよ。ありがと、じゃ、よろしく!」


 そう言って、一旦電話を切った。


「せっかくならもう一回剣持さんに会いたかったんだけど、しょうがないね」

「次に会うときはこの前みたいにぶるぶる震えたりはしないと思うよ。唄なりに成長してるからね」

「ほほー。さすが名探偵の助手だね」

「いやいやー、それほどでも」


 なんてデレデレしていると、あかりが丹恋の肩をとんとんと叩いた。


「助手さん、まずは何をすればいいのかな?」

「あー、どうしましょうねー」


 丹恋が苦笑いしていると、唄からメッセージが届いた。


『はじめに旧体育館の様子を見せてください』

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