第24話 海戦

「この光景は凄いな」


 海を見たのが生まれて始めてと言うわけではないが大きな船の上から見る海はまた違った感激があった。どれだけ船が進んでも広がって行く光景。そのはてが無い様な広さを改めて実感する。

 遠くなり見えなくなっていくトロイの地。広がって新たな景色。不安と希望をいだいた新たな旅が始まったのだ。


「おろろろろーーオェ」


 いい感じの気分にひたっていたのだが、ソロモンの盛大な嘔吐おうとの音で台無だいなしになってしまった。


「大丈夫かソロモン。大分、船酔いがひどいようだけど」


「うぅ…気持ち悪い…うっぷ」


「大丈夫ではなさそうだな…俺にできる事があったら言ってくれ」


 といっても、もう船医から薬はもらって服用しているし、俺にできそうな事は軽く会話などをして気分をまぎわらせる事ぐらいだろう。心苦しくはあるがあまり力になってやれない。


「ぐへへっ…友達に゙看病されるの新鮮で嬉しい…」


 わりと大丈夫そうかもしれない。ソロモンにとってはこれで良いのかも。とりあえずはこのまま目的地であるフレイム神殿まで何とか乗り切ってもらうとするか。陸地に上がれば落ち着くだろう。それまでにソロモンの力が必要になるトラブルとかが起こらない事を゙祈るか…


 ガコン


 突如とつじょとして船が大きく揺れる。嫌な予感がする。


「敵襲、敵襲!船の゙前方にて半魚人のモンスター達が船に攻撃しようとしている。兵士達はただちに撃退せよ!」


 まぁ、こうなるよな。とりあえずはソロモンを゙安全な所に連れて行くとしよう。ソロモンは戦えないし、今の状態では知恵を借りる事も難しいだろう。


「半魚人!!どこどこ?見たい!見たい!ボーっとしてないで急いで行くよアキレウス君。めずらしいモンスターが私達を待っている」


 そう言いながら突き進むソロモンを見て久々に唖然あぜんとしてしまった。恐るべきオタク根性。俺の献身けんしんなんかよりもソロモンに効果覿面こうかてきめんみたいだ。


 ◇

 けつけた先で目にしたのは上半身は人間の様な姿をしているが下半身は魚の尾鰭おびれになっているまさに半魚人と呼ぶべきモンスターの大群が穂先ほさきが3つ別れているやりをこちらの船に向けて投擲とうてきしようとしている光景であった。

 こちらも矢を放ち、その半魚人達を倒して退しりぞけようとするが、海の中に潜ってかわすので中々当たらない。しかも、半魚人の奴らは海中を自由自在かつ猛スピードで動ける様で小舟を出して接近戦を挑むのも不可能であった。


「マーマンだー。うわぁー本当に魚と人間の部分が半々だ。上半身が人間なのにどうやって水中で暮らしているんだろー。それにしても流石さすが、生息地が水中のモンスターだけはある。地の利は完全にあちら側だね」


 ソロモンの気分はすっかり回復したみたいだが、このままでは一方的にられてしまう。こうなったらこちらも水が得意なモンスターを召喚して応戦しないと…いや待て

 首輪に手を当てる。今の魔力量ではそれをやっても数の差で負けてしまう。何かしらの工夫が必要だ。


「マーマンの弱点は確か熱や乾燥…。魚の特徴を有するがゆえに同じ様な弱点を持つ。だけどここではその弱点をついても効果は薄い。くそ、考えれば考えるほど、状況が悪すぎる」


「ふっふふ。君がしっかりと勉強してくれている見たいで私も嬉しいよ。基礎は身についてきているみたいだね。だけどそれゆえに頭が固くなってしまっている。今のアキレウス君には発想の転換が必要だ」


「…発想の転換?」


たたかいにおいて大切な事は有利な状況を作る事、敵の弱点をつく事だけど相手も馬鹿では無いから考え巡らせて対策を打ってくる。

 常に有利を取れるとは限らないし、マニュアル通り上手くいくとも限らない。だからこそ不利な状況をくつがえための発想の転換が重要なんだ」


「それはどうするんだソロモン」


「う〜ん。ポイントは経験、物事に対する理解、わくとらわれない思考かな〜。いや何と言うべきか、これに関しては教えるというのが難しい。それに多分たぶん、本当は私なんかよりも君の方が持っている力さ」


「俺の方が?いやいや、無い無い。俺なんてこのあいだまでは学の無い貧民街の住人だったんだぜ。ソロモン、いつもの自分を変に卑下ひげする悪癖あくへきがでているぞ」


「むしろそれはアキレウス君の悪癖あくへきでもあるね。生い立ちやその環境は確かに重要な要素ではあるけどそれが全てでは無い。

 君は無意識にそれを盾にして閉じもっている。上手く言葉にはできないけど、本当に閉じもっていた私なんかよりも実際に色々と体験してきた君にしか無いものもあるんだよ」


「俺が閉じもっている…」


「まぁでも、その事を理解したりするのは難しいし、最初のお手本は必要だよね。だから友人の私がそばにいるうちはそれを示してあげる。だけど、いつまでも私に頼り切りにならないようにしてね」


「何だかソロモンらしくないな。いつもなら、もっと必要としてくれってな感じで言ってくるのに」


「君に頼られるのはこの上なく嬉しいけど、この前の戦いで君が倒れてからね。私も改めて考えたんだよ。互いに依存し合うのは良くないって。今の私は本当の友達として君が道を自らの足で歩いていく手助けを私はしたい」


「……」


「あれ…私、変な事を言っちゃった!?調子にのってしまった?ごめんなさい〜謝るから無視しないで〜嫌いにならないで〜」


 格好かっこ良かったので思わず見惚みとれていたら俺に無視されたと勘違いしたソロモンが号泣ごうきゅうし始めた。ついさっきまであった威厳はまたたく間にどこかに行ってしまった。雰囲気が台無しである。

 とはいえ気持ちは十分過ぎる程に伝わった。格好かっこ悪かろうが、性格になんがあろうが俺にとってもソロモンは今や大切な友人だ。


「いや、違うんだよソロモン。正直、感動してた。俺の事を本当に思ってくれているんだな。ありがとう」


「本当…それなら良かった。もう、あまり私を不安にさせないでよね」


「良いムードの中、割り込んで申し訳ないのですが早くお手本とやらを頼みます。ソロモン殿。事態は一刻もあらそいますので」


「うわぁ!アイネイアス様!すみません」


「分かっているよ。アイネイアス。もう、せっかくいい感じだったのに」


 アイネイアスに話しかられて我に返り、恥ずかしさが急にこみ上げてくる。呑気のんきに話している場合では無かった。今、ここは戦場だった。一方ソロモンは平然としてアイネイアスに対して生意気なまいきな口をきいている。気が大きいのか、小さいのか本当に分からない奴だ。


「でもちょうど良かった。アイネイアス、ペンテシレイアに伝令を出して、今から言う事を伝えてくれ。それとこれを渡してくれ」


 そう言いながらソロモンはこぶぐらいの大きさの黒い石を肩にかけているかばんから取り出してアイネイアスに渡した。


「う〜ん、あれがいいかな。この石をあそこにある岩礁がんしょうの海中に隠れている部分に向けて全力で投げる様にペンテシレイアに指示を出して」


「マーマンではなく、岩礁がんしょうにですか?」


岩礁がんしょうの海中に隠れている部分に正確にね。むしろマーマンに当てないように気をつけるように言ってね」


「これは一体何なんですか?」


「手短に説明するなら音響兵器おんきょうへいき的な感じかな〜」


「…成程なるほど。大方、理解しました。それならば船から落ちないように帆柱ほばしらなどにつかまる様にしていてください。他の兵士達にもその様に伝令を送りますから」


 アイネイアスはソロモンの策を理解したようで伝令を放った。


「さぁ、私達も急いで帆柱ほばしらの方へ行こう。危ないからさ」


 俺は理解できないままソロモンに連れられて帆柱ほばしらの方へ向かう。一体何が起きるのであろうか。周りを見渡すとマーマンをそっちのけで全員が船の一部に船の一部に必死になってしがみついている。何か嫌な予感がしてきた。とりあえず、俺も帆柱ほばしらにしがみつく。すると…



 ドーーン!!


 ペンテシレイアの投げた石がソロモンの指示通りに岩礁がんしょうに衝突すると凄まじい音をはっしたのだ。それが衝撃波となり船をらす。幸いにも大事にはいたらなかったが、中々にひどい目にあった。

 しかし、それも海中でこの衝撃波をまともにくらったマーマン達に比べればマシな状態ではあった。マーマンの大群は一匹残らず、気絶した状態で海面に浮かんでいた。


「これは一体どうなっているんだソロモン?」


「ふっふふ。では解説するとしよう。これ…はね……うっぷ。おろろろろーーオェ」


 どうやら先程の揺れで船酔いがぶり返してしまったらしい。相変あいかわらず格好がつかない。


石打漁法いしうちりょうほうの応用でしょう」


「アイネイアス様!」


「ソロモン殿に代わって私が説明しましょう。石打漁法いしうちりょうほうとは水中にある石などに別な石をぶつける事によって発生する振動などで水中にいる魚達を気絶させるりょうの方法です。

 恐らく先程、ペンテシレイア殿に渡した石は大きな音を発生させる特殊な魔石だったのでしょう。この大きな船がここまで揺れる振動です。海中にいたマーマン達を意識を奪うのには十分だったと思います。

 生態系に悪い影響がでる可能性があるので禁止されていて知るものはあまりいないのですが、大賢者の名は伊達ではありませんね。知識の多さとその応用力に改めて感服かんぷくします」


(※石打漁法いしうちりょうほうはリアルで禁止されている見たいです!)


「モンスターに対する知識だけじゃあ無いって事か…」


 様々な知識や経験などをどう活かすかが大切。きっと、ソロモンはその様な事を伝えたかったのかもしれない。閉じもっているか…。確かに自分で無意識の内に視野を狭めていたのかもしれない。ソロモンを見習って自分を変えていく必要があるのかもしれない。

 大海原にゲロを履き続けるソロモンを見ながら複雑な思いになるのであった。


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