第18話 ネメアの獅子

「なんとも大胆な。済まないなテウクロス。どうもわしは奴等をあなどり過ぎていたようだ」


テウクロスに刺さたやりを見てアイアスはなぜ己の『鍛冶の神の盾シールド・ヘパイストス』が破られたのかを理解した。

穂先ほさきに使われているやいばが違う。美しい光沢を放つやいば。『鍛冶の神の盾シールド・ヘパイストス』の壁と真っ向からぶつかったのに刃こぼれ一つ見つかない黒色にかがやつるぎ

一級品、いやそれ以上の価値があるつるぎやり穂先ほさきに使用したのだ。恐らくこれはトロイ王国の国宝であるデュランダル。軽く振っただけで岩をも砕くと言われた伝説の聖剣。そんな貴重な聖剣を投擲とうてきして使うなど考えもしていなかった

ヘクトールめ。真面目で面白みのない奴かと思っていたが中々の戦馬鹿いくさばかではないか。やられた。儂等わしらが甘かった。奴らの方が上手うわてだった。

しかし、このまま負けて死ぬわけにはいかない。テウクロスの死の代償を払わせなければ。


『いでよ。共鳴獣シンクロモンスター


アイアスの体全身がまぶしい程に光だす。何かが起こり始めている。


「何をする気が分からないが隙だらけだぞアイアス。『戦神の咆哮ロアー・アレス』」


その隙を見逃さずに止めヘクトールは再びやりを放つ。もうアイアスの最大の防御である『鍛冶の神の盾シールド・ヘパイストス』も間に合わない。止めの一撃となるはずだった。


ガキン


「なっ!」


しかし、その一撃はアイアスを貫くこと無く、呆気あっけなく何かにはじかれてしまった。

光が弱まり、やりを弾いた何かが姿を現す。それは巨大な獅子だった。信じられない事に巨人の一撃をさえも凌駕りょうがするヘクトールの『戦神の咆哮ロアー・アレス』を食らったにも関わらず、その獅子は傷一つさえ負っている様子もない。まるで何事も無かったかの様にただ、そこに君臨していた。


ひるむな次々と放ってー」


その異様な獅子に対してやり、矢が大量に放たれる。しかし、どれ一つ通らない。


「俺様が直々に貫いてやる」


モンスターの軍勢を突破してきたサルペドンの部隊がその獅子と接敵する。


雷神の怒りフォーマル・ゼウス』」


鋭い雷撃のやりが近距離から放たれて獅子の体に直撃する。サルペドンの必殺の一撃。頑丈なモンスターであろと貫く威力。例え貫く事がたとえ叶わなくとも雷による感電で麻痺や火傷など負うはずだった…

しかし、その様なダメージを負うことも無く、獅子は微動たりもせずにその雷槍らいそうはじいた。


「ちっ、ヘクトール王子のやりが無傷な時点で予想はしていたが、何なんだよこいつは。不死身の化物かよ」


「無駄だ。わしのネメアの獅子はあらゆる物理攻撃を通さない鉄壁の毛皮をもっている。誰もこいつを止められはしない」


「あーそうかい、そうかい。偉そうに説明してくれてありがとうな。ならこいつをけて総大将であり、召喚者のお前を直接、殺るだけだ。覚悟しろアイアス!」


サルペドンは部隊をネメアの獅子を引き寄せ足止めする役割とアイアスを攻撃する役割に分けアイアスを襲撃する。


「クソガキがなめくさりおって。お前如きに殺られるわしでは無いわ」


武器がぶつかり合う。武の力はほぼ互角ごかく。アイアスは飛んでくるヘクトールのやりに警戒しながら、サルペドンはネメアの獅子をかわしながら戦う必要があり、互いに決め手に欠ける状態となった。


らちが明かない。テウクロスのためにもわしは負けられないのだ。ネメアの獅子よ。その力を捧げよ。『共鳴融合シンクロフュージョン』」


アイアスがそう叫ぶとネメアの獅子が光の粒子に変換されアイアスに吸収されていった。

すると元々、巨体だったアイアスの体がより巨大化し、更に獅子を思わせる黄金のたてがみを携えた姿へと変貌へんぼうした。

 

戦神の咆哮ロアー・アレス


雷神の怒りフォーマル・ゼウス


ヘクトールとサルペドンはその変貌へんぼう、直後のすきを見逃さずに会心かいしんの一撃を放つ。アイアスはそれをもろに受けるが…


「ちっ、マジかよ。アイアスの奴め、あの獅子の装甲を完全に自分のモノにしやがった。モンスターと一体化とかふざけた能力にも程があるぜ」


頑丈なモンスターでさえただでは済まない攻撃を二つも同時に食らったにも関わらずアイアスは傷一つ無くその場に立っていた。


共鳴獣シンクロモンスターとの一体化。これをやると召喚術が使えなくなってしまうのが欠点でな。まぁ、ここまでわしを追い詰めた褒美だ。儂自わしみずかららの手で一人残らず地獄に送ってやる。光栄に思えトロイ王国の兵士達よ」


そう言ってアイアスは接近していたサルペドンに襲いかかる。


「ちっ、スピードが上がっていやがるし、攻撃も重い。身体能力全般も強化されてあるのか。

しかもあらゆる攻撃を通さないときた。チートにも程がある。やってやれるか。お前ら一時撤退だ!」


サルペドンは撤退の指示を出す。しかし、当然アイアスはそれを許しはしない。猛攻を仕掛ける。守りを気にしなくなったアイアスの攻めをただひたすらしのぎながら少しずつ後退する。

一方的な展開。強大な個の力が軍をも蹂躙じゅうりんする。異様な光景。


「ちっ、この俺様が健気に防御にてっしても防ぎ切れねぇとは。守りを気にしなくていい攻撃とはうらやましいな。おい」


「無駄口が多いなトロイの将よ。部下を撤退させる為の時間稼ぎのつもりか?しかし、無駄だ。

たとえ城の中まで行こうともわしが追いかけて鏖殺おうさつする。最早、貴様らにわしを止めるすべはない」


虚言や誇張こちょうでも無い事実。目の前の無敵の怪物は本当に単体で城をいや、国をも落とすつもりだ。まさに一騎当千。助かるには国を捨てて逃げるしか無いだろう。

だが


「ちっ、イキリやがってだがなお前如きじゃあ国は取れねぇ、城は落ちねぇ。あまり俺等をめるなよ魔人」


サルペドンの言葉にはアイアスにも負けない凄みがあった。根拠はないだが信頼はある。たとえここで自分が打倒されようとも、この魔人が無敵であろうとも城が落ちる事は決してない。サルペドンの直感がそう告げている。


「ははは、良い将だな貴様は。確かにこれでは簡単には行かなそうだ。だが、それでもわしは必ずトロイを鏖殺おうさつする。貴様はそれを地獄で見ていろ」


「そんな事させるかよ。それにお前の方こそ無駄口が多いぞ。俺様をあまりなめるなよ」


「はっはは。貴様等の攻撃などもう何も怖くは無い。全て無意味だ」


「ならこれならどうだ!」


そう叫んだサルペドンの手ににぎられていたのは先程、アイアスの防御魔法を貫いたデュランダルである。戦いの最中さなかにサルペドンはこれを回収していたのだ。

しかし、軽く振っただけで岩をも砕くと言われた伝説の聖剣とトロイの猛将サルペドンの力を持ってしもアイアスに僅かな《わず》傷をつける事さえかなわなかった。


そして…


「ぐっふ」


アイアスのやりがサルペドンを貫いた。それを見て兵達がサルペドンを下げようとする。助かる見込みが無くもその亡骸を敵に渡すまいと奮起しようとするが


「ちっ…かまうな…一人でも多く逃げろ…死人は置いていけ!ゴホ…」


その必死の命令により兵士達は後ろ髪を引かれる思いでサルペドンを置いて自分達の城へと向かう。


「逃がすか。この場で全滅させてやる。むっ!」


アイアスが逃げ出した敗残兵を追いかけようとした時、背中に強い衝撃を受けた。その正体は凄まじい力で放たれ矢だった。ネメアの獅子と一体化したアイアスに傷を負わせる一撃では無かったが思わず足が止まる。これ程の矢を放てる人物は限られている。

アイアスは後を振り返る。そこには自分が配置したモンスターの軍は無く、代わりに月桂冠げっけいかんの旗を掲げたパリスの軍がいた。


わしとした事が目の前の戦いに夢中になり過ぎて後方の騒ぎに気がつかなかったとは。いや、このトロイアの将にしてやられたか?

まぁ、良い。些細ささいな問題だ。いや、むしろ好都合だ。今、ここでトロイ王国の何もかもを鏖殺おうさつできる。さぁ、覚悟しろトロイの者共よ。アイアスがまいるぞ!」




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