第10話 守護獣

 それはモンスターであるにもかかわらず、いびつな美しさと不思議な神々しさがあった。

 その上半身は黒髪の長い美しい女性であり、妖艶ようえんな笑みをうかべている。しかし、目は宝石のように不気味に光り輝きくちびるは血のように赤黒く、そこから長い舌がだらしなく飛び出している。綺麗きれいな二本の人間の手には槍と斧が一緒になった武器、ハルバードが握られていた。そして下半身は鎌のように鋭い4対8本の足がうごめくジャイアントスパイダーよりも巨大な蜘蛛くもであった。

 一体何処にこの様な巨大なモンスターが隠れていたのだろうか。あまりの光景に全員が唖然あぜんとし固まる中、そのモンスターは蜘蛛くもの体から大量の糸を吐き出し、その質量で火の玉のモンスターを押し潰して窒息消火により次々と消滅させていく。

 またオーガやゴブリン達もその糸により再び動けなくなった。


「Aaaaー、Aaaaーー」


 更に女性の顔が大きく口を開き美しい咆哮ほうこうをあげると火に怯え逃げていたジャイアントスパイダーの大群が一斉に集まりこちらに向かい始めた。

 このモンスターの出現により形勢は一瞬で変わり、こちらが絶望的な状況に落ちいた。

 圧倒的な力、適切な火の対処ができる知能、モンスターの統括とうかつ

 間違いなく、こいつがアイネイアスが言っていた守護獣ガーディアンと呼ばれている奴だろう。今まで目にしてきた奴らとは次元が違う。


「まずいな、流石に現段階でこのレベルのモンスターとの衝突は予定外だ。ソロモン、あれについて知っている事はあるかい?」


「はい、パリス王子。あれはアラクネと言います。神に歯向かった。傲慢ごうまんの罪を象徴するモンスター。ヤバい、凄すぎでマジで感動だわー」


 ソロモンは目を輝かせながらアラクネを見ている。こんな状況で大したタマだ。

 こうしている間にもジャイアントスパイダーの大群がこちらに向かって来ている。とりあえず、モンスターを新しく召喚して応戦しないと。そう思って召喚術を発動させようとした時、パリス王子は俺の肩をつかんだ。


「待て、状況が変わったんだ。アキレウス君はとりあえずは待機して魔力を温存するように。今度は僕達が敵の情報を引き出そう。その情報をもってアイツを倒せるモンスターをソロモンと考えてくれ」


「いや、しかし…」


「大丈夫、僕達を信用してそう簡単に殺られたりはしないから。君達が憧れた騎士様達だぜ。それに戦っているのは君だけじゃないってのをしっかりと自覚してもらう必要がありそうだしね。

 ともかく、君は待機だ。僕達の戦いを見て何か思いつくまで召喚術は禁止だからね」


「分かりました…」


 正直、完全に納得したわけではないが、龍脈から供給されている魔力も限度がある。迂闊うかつな召喚は命取りだ。まして明確な打開案がないなら尚の事である。


「よし、それじゃあ凄いところ見せてやるか。パリス弓兵隊。僕の放つ矢に続けー。いくぞ、『太陽神の厄災の矢ディザスター・アポロン』」


 パリス王子が一つの矢を天に向かって放つ。するとその矢がどんどんと増えていき、まるで雨のようにジャイアントスパイダーの群れに降りそそいだ。こちらに向かって来ていたジャイアントスパイダーの群は為す術もなく壊滅した。


「糸は脅威だけど大した事はないね。問題はアラクネか。あいつハルバードを振った風圧で僕達の矢をはじきやがった。流石に簡単にはいかないか。まぁ、全員で叩き潰すけど」


 続いて動きを見せたのはペンテシレイアの部隊であった。ペンテシレイアの部隊は果敢かかんにも突撃を開始した。


戦神の狂乱フレンジー・アレス


 元よりたくましい筋肉を魔術で更に膨張させたペンテシレイアを先頭にジャイアントスパイダーとその糸を大剣による凄まじい剣圧でぎ払いながら突き進んでいく。


「援護しますよ。ペンテシレイア殿。『美の女神の薔薇ローズ・アフロディーテ』」


 アイネイアスが魔術を詠唱すると薔薇ばらの花が辺りに咲き。ジャイアントスパイダー達はまるに誘惑されるように薔薇ばらに向い始め散り散りになっていく。それによりペンテシレイアの部隊の道が開く。

 いつの間にかモルドレッドの部隊もペンテシレイアの部隊が切り開いた道を辿って進んでいる。


「すげぇ…」


 貧民街の俺の耳に届く程の名のある騎士達であることは知っていた。何せ皆が憧れていた騎士達だ。しかし、実際にその戦いを見てそのあまりの凄さに改めて驚愕きょうがくした。モンスターの大群を物ともしない戦いっぷりはまさに神に選ばれた戦士のようだった。


「感心している場合じゃあないですよアキレウス君。確かにあの人達はおかしいぐらい強いですけど流石にあのアラクネ相手には分が悪いです。簡単には殺られないと思いますが、私達が早急に何か手を打たないと」



「あぁ、済まない」


 愕然がくぜんとしていた俺を見てソロモンが一喝する。お前だって先までそのアラクネに見惚みとれていたくせにとツッコミをいれたくなったが、今はそのような場合ではない。皆の戦いに応えるためにもあのアラクネを倒す方法を考えないと

 一番単純な方法はこちらもアラクネもしくはアラクネ級のモンスターの召喚だが、現状で占領下にある龍脈では魔力の供給が足りない。だから先程のソロモンの策のように弱いモンスターで相手の弱点をとる方法を考えなければいけない。しかし、強大な力と知性を持つあのモンスターの弱点なんてあるのか?

いや、あきらめてはいけない。パリス王子に言われた通り戦いを見てそれを見つけ出すんだ。

ペンテシレイアの部隊がアラクネの元まで迫る。しかし、流石のペンテシレイアもアラクネの出す大量糸はさばき切るので手一杯の様子だ。他の人達も魔術や松明たいまつの炎で糸を溶かしているが追いついていない。

 パリス王子の弓兵隊の攻撃でアラクネ自体の動きを抑えているから何とかなっているがその矢が切れた瞬間。糸とあの巨大なハルバードの一振りで簡単に壊滅してしまうだろう。

 そうなる前に倒す方法を考えなければ。

 大量の糸が届かない範囲の高さから火を飛ばして攻撃する?

 ダメだ。矢と同じくあのハルバードの風圧で消し飛ばされる。

 大量の雑魚モンスターを召喚して糸の消費を狙う?

 不確定過ぎる。流石に糸が無限に出せるわけでは無いだろうが、こちらの魔力が切れる可能性の方が高い。

 くそ、敵のスケールがあまりにも大き過ぎて小手先の策では策では全然通用しない。何をするにしても火力不足だ。小さな力で圧倒的な力を覆す方法なんてないのか。


「そうだ。火を強くすれば良いんだ!火矢の為の油と酒を使って火を大きくするのは…」


「せっかくのアイディアではありますが、それは難しいと言わざるをえません。アキレウス殿、起こした大火を奴の所に誘導するのが難しいですし、そのスピードが遅ければ簡単に逃れられます。奴に直接的に油などをかける事ができれば良いのですが、そもそもそれができるようでしたら我々が攻撃を与えるのに苦労していません」


「うっ、すみません。馬鹿な発想でした」


 アイネイアスの指摘の通りだ。ペンテシレイアとモルドレッドの部隊がアラクネの近くにまで辿り着いたが攻撃を当てるにはいたっていない。大量の油をかける余裕なんてない。パリス王子の弓兵隊の矢はことごとく落とされている。火矢を放ったところで結果は見えている。改めて絶望的な状況を確認しただけだった。くそー、学のない俺に策なんて無理だ。


「いや、その方法で行こう」


「ソロモン様?!今の話し聞いてたました?」


勿論もちろん、聞いてたよ。それと私に敬語は不用だよ。何たってアキレウス君と私は友達同士なんだからね」


「いや、流石に大賢者様に対して恐れ多いと言いますか、改めて凄いお方だと実感してしまいまして」


 今回の活躍を見て最初の印象からかなり変わった。私生活はどうであれ、マジの大賢者であると実感してしまい。同時に半ば要求されていたとはいえ、先程の演技が急激に恥ずかしくなった。


「……そうだよね。私見たいな根暗でド陰キャな女と友達なんて嫌だよね。こちらこそ、勘違いしてごめんね。邪魔にならないように隅に引きこもっているね」



「違ーーう!ほら、あまりにもソロモンが凄かったから思わず敬語になっただけでソロモンの事は大切な友達だと思っているから。早く戻ってきて。ソロモンの話が聞きたいなー」


「へへ…なんだがそう面と向かって言われると恥ずかしいなー。もう仕方ないなー。もう」


 はぁ~、こいつがめちゃくちゃ面倒くさい性格なの忘れていた。こんな状況でも相変わらずとか馬鹿と天才は紙一重というかなんというか


「要するにアラクネの近くで大火を起こせれば良いわけだ。ならモンスターに油を運ばせればいい」


「いや、それでも同じ事じゃあないか?地上からゴブリン達に運ばせたら糸の餌食えじきに空からインプ達に運ばせたらハルバードの餌食えじきになってしまう」


「なら糸にくっつきにくく、風圧で飛びにくいモンスターに運ばせれば良い」


「そんな都合の良い奴がいるのか?悪いが俺、魔力が少ないから強いモンスターはあまり出せないぞ」


「大丈夫、大丈夫。あまりコストはかからないよ。まぁ、変わりに数は欲しいかな」

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