第9話 ソロモンの策

 ソロモンの話が終わる。それは本当に策略とも言えないほどに簡単な話であった。最早もはや、なぜその考えに至らなかったのか不思議なぐらいだ。普段とは違う常識外なモンスターの戦いに思考が囚われ、こんなにも簡単な事を見逃してしまっていたのだろうか。


「その作戦は確かに試す価値があるがわざわざ召喚術を使う必要があるのか?未知数な能力に頼るよりも確実な方法でやるべきじゃないか?」


「確かに召喚術が必須というわけでは無いのですが、効率が良いと思われますし、今後の作戦の幅を広げるためにもここはアキレウス君に新しいモンスターの召喚に挑戦して欲しいのです」


 ソロモンは途中から自信が出てきたのか、少し悪態をついたペンテシレイアの質問に対しても堂々と答えている。まるで大賢者のようだ。いや、元から大賢者だったなこの人は。普段の行いが変だから忘れていた。


「なるほど、確かにソロモン君の言う通りだ。もとよりこの遠征はアキレウス君の召喚術が頼りだ。僕達は未知の力を恐れるのではなく、その力を使いこなす必要がある。そのためにはこのような実戦での経験も必要だ。アキレウス君が良ければ僕はこの作戦で行きたいと思う。どうかな?」


「パリス王子がそう決定するのなら俺はそれに従います。不安が無いと言えば嘘になりますがやってみます」


「よし、そうと決まればこれで行こう。だけどあまり気張り過ぎるなよアキレウス君。まぁ、何とかなるさ。僕は運が良いからね。

それに先も言ったように経験も大切だ。例え失敗したとしても今後のかてにすればいいのさ。決して大一番というわけでも無いし、気軽にやろうぜ」


 パリス王子の言葉で少し気が楽になる。生まれ持っての才能か、経験からくるものかは分からないがやはりこの人は人を上手く使い。軍をまとめるのに長けていると改めて実感する。本当に憧れていた通りのお人だ。

 少したかぶっていた心を落ち着かせてソロモンに教えられたモンスターをイメージする。首輪が青白く輝きそのモンスター達が姿を現す。

 それは宙に浮かぶ複数の火の玉であった。ウィル・ オ ・ザ・ウィスプ、鬼火、ピクシー・ライトなどと様々な呼び名や伝承があるモンスターだ。先の見えない暗闇の中で人を誘導し沼やがけなどにおびき寄せるのがこのモンスターのスタンダードな話だが、今回は単純にその炎の体を利用させてもらう。

 早速、この火の玉を拠点に向けて放つ。動けなくなったゴブリンとオーガの近くで飛び回らせる。すると動けなくなっていたゴブリンやオーガ達が動き出した。


「作戦は上手くいったみたいだね。ソロモンの推測した通り、基本的な性質は蜘蛛くもの糸と同じみたいだね。流石は大賢者ソロモン」


「あわぁ、あわぁ。あまりからからわないでくださいパリス王子ー!恥ずかしいですー。それに簡単な話です。強靭きょうじんさは増していますが、普通の蜘蛛くもの糸と同様にタンパク質などが主成分だと推測されます。

 それならば炎の温度には耐えきれず、あぶれば溶けて切れると思い至っただけですよ。幸いな事に燃え広がる感じではありませんのでオーガやゴブリン達をそのまま使えそうです。このまま周囲の糸を溶かしながら進軍させれば良いかと」


ソロモンは黒いローブで赤くなった照れ顔を隠しながら説明し始める

 確かに糸を火で焼き切るというのは簡単な話ではある。しかしこの状況下で瞬時にそこに辿たどり着く発想力は圧巻の一言だ。何しろ、ソロモン以外は誰もその発想に至らなかったのだから。知識とひらめきの両方が優れているのだろう。今、俺の目の前にいるぐうたらで自称ド陰キャのヤバそうな女が正真正銘の大賢者であることを理解した。


「確かにジャイアントスパイダーに炎を対処する知能は無い見たいですし、ここはこのまま制圧できそうですね。そういえば制圧後はどうやってこの龍脈を俺達の物にするのですか?」


俺のこの疑問にアイネイアスがすぐに答えてくれた。


「拠点のどこかに龍脈から魔力を吸い上げてそれを魔王に送るための術式が刻まれた魔具があるはずです。その魔具を排除し、変わりにこの旗を突き立てます」


見せられた旗には月桂冠げっけいかんの絵と良く分からない呪文のようなモノが描かれていた。


「旗をですか?」


「ただの旗ではありません。この旗とアキレウス殿の首輪は術式で繋がっています。要するに魔王軍の魔具と似たような仕組みの物と考えて頂ければ。これによって魔王軍の力は低下し、逆に我々の戦力が上がるという理屈です」


「成る程、ありがとうございます。アイネイアス様」



「ハハハ、そんなにかしこまらなくとも良いですよ。しかし、まだ油断してはいけません。このような拠点にはそこを守るための強力なモンスターが配置されている事が多いのです」


「そんなのがいるのですか?」


「はい、我々は守護獣ガーディアンと呼んでいます。モンスターの中でも力が強いのは勿論もちろんではありますが、人間並みに知能が高いのが特徴です。拠点で配下のモンスターを束ねている存在です。簡単に言ってしまえばボスモンスターですね」


そうアイネイアスの説明が終わった時であった。地面が大きく揺れてオーガの倍以上はある巨大なモンスターが姿を現した。



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