第11話 秘策

 ◇アラクネ付近のペンテシレイアの部隊


「伝令!伝令!本陣から伝令です」


「何だ申してみろ」


「はっ、これから秘策のモンスターを送るからそのモンスターがアラクネの元に辿たどり着くように援護をしてくれと」


「くっ、また召喚術とやらか。屈辱的ではあるが仕方ない。今はどの様な力でも欲しい。しかし、この糸の中をくぐり抜けてあの巨大なアラクネを倒すモンスターなどいるのか?」


「そのモンスターがこちらに到着したようです」


 その時、後方から不気味な物音が聞こえた。その方向を確認するとそこにはネバネバとした不定形な姿をしたモンスター。いわゆるスライム、その大群が向かってきていた。


「なっ、こんな奴らが秘策だと…。確かに糸にはくっつかないがこんな雑魚モンスターがアラクネを倒せるのか?

 くそ、今は悩んでいる時間さえ惜しい。ダメだったら恨むぞ。アキレウス、ソロモン。もう出し惜しみなしだ。最大開放放『戦神の狂乱フレンジー・アレス』」


 アラクネに一撃を与える為に温存していた魔力を使ってペンテシレイアはスライムの大群に向かってくる大量の糸を切り裂き道を作る。

 いかに流体であるスライムが糸に絡まらないとはいえアラクネの規格外の糸はその圧倒的な質量でスライムを潰す可能性がある。それを防ぐのが今の己の役割とペンテシレイアは理解していたのである。


「雑魚は引き受ける行けー」


 モルドレッドの部隊もジャイアントスパイダーを蹴散けちらし道を作る。この場にいる者達の全てがこのスライムに命運をかけたのだ。

 その甲斐かいあってついにスライムの大群がアラクネに襲いかかる。しかし、期待とは裏腹にスライム達の大半がアラクネのかまのように鋭い足にみつけられ潰れ、残るスライムもハルバードとアラクネにまとわりついているジャイアントスパイダーの餌食えじきとなりスライムの大群はたいしたダメージを与える事も無く全滅してしまったのだ。

 殺られた衝撃で飛び散ったスライムの大量の粘液がアラクネを濡らすだけであった。


「何だこれは弱すぎる。これでは骨折り損ではないか。我々は魔力も気力もほとんど使い切ってしまったというのに」


 その光景を見て兵士達は絶望していく。そんな中で最前線にいたペンテシレイアはこのスライムの襲撃の意図に気づき始めていた。


「この匂いは…そうかそういう事か。モルドレッド、松明の火でも何でもいい。アラクネに火を投げこめ。雷の如く走れるお前なら可能だろ」


「可能ではありますが、俺一人が火を放ったところで焼け石に水です。あの巨体だと軽い火傷が限界だと…」


「いいからやれ。それで奴は焼け死ぬ。悪いが説明している余裕はない。残り少ない魔力で最低限の援護はしてやる。そして火を放ったら直ぐに撤退だ」


「理解は出来ていませんが、分かりました。援護頼みましたよ。それでは行ってまいります。『雷光一線ライトニングラッシュ』」


「数少ない雷の魔術の使い手か。アキレウスばかりに目が行くが、あいつも大概だよな。あのスピードなら問題無いとは思うが言った手前だ。魔力が空になるまで襲い来る糸は全て断ち切ってやる」


 モルドレッドは一人、攻撃を避けながら走る。避けきれない程の大量の糸はペンテシレイアが魔力で巨大な斬撃波を飛ばして断ち切ってくれている。まった桁違けたちがいな魔力とパワーだ。おかげて自分一人ならアラクネの足元まで辿たどり着けそうだ。とはいえ、鎌のような足の攻撃と糸を避けるだけで精一杯でまともな一撃を与える事すら難しい。

 しかし、ここに来てようやく意図を理解する。

 酒と油の匂い。恐らく先程のスライムの中に大量に含ませていたのだろう。そのスライムの粘液が奴の体に纏わりついている状態だ。直接攻撃を与えることは難しくとも小さな火を放つことはできる。


龍電一閃ドラゴンライトニングスラッシュ


 その一撃は本来なら巨体なアラクネにとってはよくて軽やけど程度のダメージしかならなかっただろう。

 しかし、その雷から出た小さな火花はスライムの死骸しがいに燃え移り広がっていき、あっという間にアラクネを呑み込む大火と変貌へんぼうした。


「GAaaaaaaaaaaaaa……」


 ジャイアントスパイダーを集合させた時とは違いおぞましい苦悶くもんの叫びをアラクネが上げる。


「やったー。これで奴もおしまいだー」


「俺達の勝利だー」


「燃えろ。燃えろー」


 兵士達はその光景に勝利を確信し喜びの声を上げる。しかし…


「馬鹿共、奴はまだ動いている。流石にあそこまで燃え広がった炎を消す手段は無いようだが、このままだと巻き沿いを喰らうぞ。早くこの場から撤退するぞ」


 ペンテシレイアがそう叱咤しったした通り、アラクネは苦しみながら最後の悪足掻わるあがきなのかそれともそのような本能なのか、形振なりふかまわずこちらに向かってきていた。

 こうなることを少しは予想してモルドレッドの兵を含めて最低限の援護ができる距離まで下がらせてはいたが、あそこまで無駄なくこちらに猛スピードで向かって来るとは流石に予想外だ。奴には恐怖心とかないのか?!

 アラクネ自身が炎につつまれているため、規格外の量の糸にもうおひえる必要はない。しかし、燃えている巨体で矢などの攻撃を恐れずにハルバードをデタラメに振り回しながら向かってくるそれは今まで以上に死の恐怖を感じさせた。

 このままだと追いつかれる。もう巨大な斬撃波を飛ばせる魔力も残っていない。絶体絶命のその時、アラクネの進行方向が突如として変わる。見るとアイネイアスの部隊に向かっているようだ。


「アイネイアスの魔術、美の女神の誘惑セダクション・アフロディーテか?!しかし、これではアイネイアスの部隊が」


「良くやってくれた皆、とどめは僕がやろう。アラクネも正気を失った状態でこれを撃ち落とせまい。この距離ならはずさないし、威力もお墨付き。さて、がらでもなく全力で放とう。太陽神の神罰パニッシュメント・アポロン


 パリス王子のその全身全霊の一射が放たれる。アイネイアスに意識がいき、炎で体力をけずられていたアラクネはその矢を対処する余裕がなかった。

 気づいた時にはその凄まじい衝撃により後方に倒され体を地面に強く打ちつけていた。そこから起き上がる力はもう無く、炎に完全に飲み込まれていった。


 ついに、この拠点の守護者ガーディアンアラクネを倒したのだった。

 歓喜の声が上がる。

 もう全員がへとへとの状態で大変な状態であったがこの強大な敵に対して大きな犠牲を出さずに勝利した事は大きな喜びであった。

 その後も糸の除去や炎の消化とか色々と大変ではあったが拠点の制圧に成功した。

 拠点の奥には祭壇さいだんのような場所があり、そこにオリーブのかんむりが描かれた旗が魔法陣の描かれた地面に突き立てられていた。それがアイネイアスが話していた魔王が龍脈から魔力を吸い出す為の魔具なのだろう。

 それを引き抜き、ソロモン達がしかるべき処置をしたのちにその場に俺達の旗が建てられた。旗が地面に刺さると魔力の供給量が増えたのを感じた。

 王宮で説明された通り、これを繰り返していき、力を増やしていくのか。まだ一つの拠点を奪っただけだ先は長い。それでも長い間、明確な成果が無かった俺やこの国にとってこの勝利は、この一歩は。希望が見える大きな前進であった。

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