第12話 幕間

 初陣ういじんを無事に勝利で終える事に成功した俺はその興奮が冷めずに眠れなかった。

 最低限の見張りを除き、多くの兵士は拠点を制圧した後の宴会えんかいで最後の力を使い切りそのままの状態で眠ってしまっている。

 俺も疲れ切っているのだが、どう足掻あがいても眠れない。戦場で憧れの騎士達と戦えた事が未だにどこか信じられない。子供の頃に思い描いていたものとは違うが半ばあきらめていた夢が思わぬ形で叶った事による気分の高揚こうよう。改めて感じた戦場での命のやり取りとモンスターの恐ろしさ、これからの不安などの感情の波が落ち着き始めた今、一気に脳内に押し寄せる。考えないようしようとする程に考えてしまう。

 ソロモンの所から難しそうな本でも借りてモンスターの勉強でもするか。それで幾分いくぶんかの眠気がでるだろう。彼女は基本的に夜更よふかしだし、今日は特に色々なモンスターを見て誰よりも興奮状態だったので恐らくまだ起きてレポートなどをしているだろうから今からたずねても迷惑にならないだろう。

 そう思い、起き上がってテントの外に出ると綺麗な笛のが聞こえてきた。その笛の静寂せいじゃくの中でも穏やかで安らぎを感じさせる音だった。

 俺はその奏者そうしゃが気になって笛のにつられるようにその音の発生源に向かって歩きだした。


 ガサ

 

「止まれ、誰だ?」


 その近くまで来た時、笛のが止み、奏者そうしゃと思わしき人物の声が聞こえた。木々に隠れているのが未だに姿は見えないが、この異様な低い声は…


「ペンテシレイアさん?すみません。綺麗きれいなな笛のが聞こえたので。演奏の邪魔をしてしまってすみません」


「アキレウスか、睡眠の邪魔をしてしまったか?だとしたら済まなかったな。月明つきあかりが木々を照らす光景を見ていたら、少し故郷の事を思い出してしまってな。昔、教わった曲を唐突とうとつに演奏したくなってしまったのだ」


「あっ、いえ、睡眠の邪魔なんて。心地よい穏やかな笛ので良かったです。そもそも俺、元から眠れなかったので関係無いです。そちらに行っても?」


「やめろ、いや、悪い。今、近くに来るのはやめてくれ。酷い顔でな他者たしゃに素顔を見られたくないのだ」


「こちらこそすみません。図々かったです」


「いや、貴様が謝る事ではない。これは俺の問題だ。それと俺に対しては無理してそんな難しい言葉使いをしなくてもいい。逆に聞き取りづらいし、まどろこしくて俺は好かん」


 ペンテシレイアの方がどこか変に威厳をたもとうとしているようなしゃべり方で聞き取りづらいと思うのだが、俺が貧民街育ちで敬語に慣れていないのは確かだ。


「憧れの騎士様に対して恐れ多いが、聞き取りづらいなら本末転倒だな。お言葉に甘えるよ。やっぱり、こんな些細ささいな事でも生まれが出るのかな」


「順応が早いな。だがそれでいい。しかし、その様な自暴自棄な卑下はやめろ。言い訳にもならない。お前の友人のモルドレッドってなんてその辺はそこらの連中よりしっかりとしているじゃあないか。

 それに俺だって良い生まれではない。何せ辺境の地の出身だ。まぁ、王都に負けないくらい豊かな所ではあったがな」


「えっ!それは以外だった。てっきり生まれも育ちも王都にかと」


「そんなのこのパリス軍では逆に珍しいぞ。今は人手が足りないから特にな。ほとんどの奴がわけありか成り上がりだ。そういった意味でまともなのは出なのは副官のアイネイアスぐらいか」


「逆にそんな烏合うごうの衆をまとめ上げているパリス王子は凄いな。改めてカリスマ性がヤバイさが分かるな。王族でありながらへだたり無く、俺なんかとも話をしてくれてるもんな」


「それに関しては打算もあってものだがな。まぁ、あいつ自身も王族の中では変わり者とされているみたいだし、臨機応変に動く軍としてこんな形の方が都合が良いのかもな」


「なるほど、なんか話しをしていたら少し気が楽になったよ。ありがとうペンテシレイア。王宮で会った時は無口で気難しそうなイメージだったけど割りとしゃべるんだな」


「うるさいな。召喚術なんて使うわけも分からない奴なんて警戒するに決まっているだろ!それに俺は声が変だから必要最低限しか本当は会話したくないんだよ。今回は特別だ!」


「それは悪かった。でも、ペンテシレイアがどんな顔、どんな声をしていも俺は気にしないし、これからも憧れ続けるぜ。

 多分それは皆もそうだと俺は思う。モンスターにも劣らないパワーと敵に突撃していく勇敢ゆうかんな姿を目にすればそんなの些細ささいな事はどうでもよくなる」


「分かったからとっと何処どこかに行け。お前の相手は疲れた」


「ハハハ、そうかそれじゃあまた明日な。いつか機会があったらまた笛を聞かせてくれ。じゃあな」


「あぁ、気が向いたらな」


 そう言葉を交わして俺はテントの方に戻る。ペンテシレイアとは少しだけ距離が縮まった。しかし、俺を完全に信用したというわけでも無いだろう。

 これに関してはペンテシレイアだけでは無い。この軍にとって俺は異物だ。先程、ペンテシレイアが言っていた通り大方の評価は『召喚術なんて使うわけも分からない奴』という感じだろう。それは正しい評価だ。俺自身、否定できない。むしろパリス王子の好意の方が変なのだ。

だが互いに話し合えば以外にも簡単にこのわだかまりは以外にあっさりと解けるかもしれないとペンテシレイアとの会話で感じた。もしかしたら俺の方が必要以上に壁を作っていたのかもしれない。

明日以降、もっと周りを知る努力をしよう。それが俺がこの軍に本当に受け入れてもらえるためにやるべき事だ。

さてと思わぬ寄り道をしてしまったが本来の計画通りソロモンの所に行って本を借りてこよう。今ならコミュ障のソロモンとも上手く会話できそうだと思っていた時…


「グヘヘヘ、珍しいモンスターがいっぱいだ〜。グヘヘヘ、グヘヘヘ」


ソロモンのいるテントから変態じみた無気味な笑い声が聞こえたので俺は直ぐにその場から離れて元いたテントに戻り


『明日から頑張る』


とだけ誓って眠りについた

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