第26話 セイレーンの歌

 マーマン達の対処を終えた俺達は直ぐに船を再び進め始めた。恐らくあのマーマン達は魔王軍の手先。つまり先回りされている可能性がある。警戒しながらも急ぐ必要性が強まった。皆、今まで以上にテキパキと船乗りとしての仕事をしている。

 まぁ、俺の仕事は相変わらずソロモンの看病なのだが…


「大丈夫かソロモン?」


「うっぷ…お陰様で少しは慣れてきたかも…。でも、もう激しい揺れは懲り懲りだよ…」


「そうだな…」


 ここから先も海上での戦闘があるだろうから揺れるのは避けられないだろうと残酷な現実を言うのは気が引けた。


「二人共ご苦労様。しかし、こんな所にまで手を回すとなるとほぼ確実にオデュッセウスの仕業だな。用心深くなおかつ物好きなあいつらしい。どこまでも僕の嫌がる事を的確にしてくるな」


 パリス王子が珍しく愚痴を言っている。そういえば前にオデュッセウスの話をした時もこんな感じだった様な気が。


「オデュッセウス、確か魔王軍の将の1人でしたね。パリス王子はオデュッセウスと直接対峙した事はあるのですか?」


 ここに来て俺は前々からいだいていた疑問をパリス王子にたずねてみた。その名は何度かパリス王子から聞いた。しかし、今だに俺はその姿を見た事がない。実態がつかめていない。これから対峙するかもしれない敵ならば少しでもその情報を知っておきたかった。



「実は僕も対峙した回数は指で数える程しかない。アイアスとは違ってあまり前に出ないし、戦い方も回りくどい。本当に正反対な感じだね。

 むかつく事に顔とスタイルが良いんだよなー。ともかく、色々な意味で厄介な敵だからアキレウス君もできるかぎりの警戒を…」


 ガコン


「うわぁ、凄く揺れましたね。何かあったのでしょうか?」


「おかしい、船の進路が変わったぞ。それに今度は後方が騒がしい。何が起きている」


「おろろろろーーオェ。うん?あれは…。大変だ。皆、耳をふさいで!」


 ソロモンがゲロを吐き散らかしながら何かを叫んだと思ったと同時に


「Laaaー、Laaaーー」


 今まで聞いたどんな音楽よりも美しい歌声が聞こえてきた。そして段々と頭がフワフワしてきて意識が遠くなっていった。


 ズボッ


 このままでは意識を完全に失ってしまうと思った瞬間、耳に何か異物を入れられ、歌声が聞こえ無くなった。それと同時に意識も戻ってきた。

 恐らく耳栓をつけられたのだろう。ソロモンが必死に状況を説明しているようだが全く聞こえない。

 その事に気づいたソロモンが紙とペンを取り出して筆談をし始めた。


【セイレーンと呼ばれるモンスターが私達の上空にいる。魔力が少ない人達はセイレーンの歌声で操られてしまう。

 今回は魔力量が元から多いパリス王子に撃ち落としてもらおう。

 皆にも君が今しているのと同じろうを固めて作った耳栓を配ったから時期に騒ぎも収まると思うよ】


 あたりを見ると体の大半は鳥だが顔だけが女性のモンスターが上空をとびまわっており、その魔性の歌声によって操られている人達を魔力量の多い将達が抑え込んでは耳栓をつけさせている。

 そうこうしているあいだにもパリス王子が率いている弓兵隊が次々とそのモンスターを撃ち落としている。

 中々にてんやわんやな光景ではあるが、確かにこの事態は解決の方に向かっているようだ。

 セイレーン。名が知られていて船乗り達から恐れられている分、事前の対策もしっかりとされていた様だ。今回も本当に俺の出番は無そうだ。良い事なのだろうが、複雑な気分だ。


 トントン


 ソロモンが俺の肩を叩く。何だろと再びソロモンの方に顔を向けると


【大至急、君に頼みたい事がある。私を帆柱ほばしらのできるだけ高い所に括り付けて固定して欲しい】


 何を馬鹿な事をしようとしているんだこいつは?とも思った。しかし、ソロモンはいつになく真剣な表情だ。

 大至急。理由や説明を求めている状況では無いのかもしれない。今はソロモンを信じて俺のできる事を全力でやろう。

 俺はうなずき、指示通りにソロモンを帆柱ほばしらくくり付けた。

 その途中でソロモンはあろう事か、みずから耳栓をはずした。

 何なんだこれは。俺には狂人の奇行にしか見えない。いや、あきらめて思考を放棄するのは良くない。考えるんだ。この行動の意図を。ソロモンの考えを…


「これで思う存分にセイレーンの歌を聞けるぞー。こんなチャンスは滅多めったにないんだから逃すのは勿体もったいないよね。へへへへ」


 何か凄くだらしない顔で笑っている。あぁ、これはあまり深く考えない方がいいパターンだ。こんな危機的な状況でさえ面白い体験できてラッキーとか考えているな。恐らく。

 モンスターが関わると本当に強心臓になるよなソロモンは。俺がしっかりとしてないとダメだな。これは落ち込んでたり、悩んでいる暇は無いかもな。

 ソロモンはセイレーンの歌によって意識が曖昧あいまいになっていったが、問題なくセイレーン達が討伐されてその歌声が止むと、また船酔いモードに戻っていたのであった。

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