第4話 パリス王子

 魔人アイアスは月桂冠げっけいかんが描かれた旗を憎たらしげに見つめていた。


「しかし、まさかここまで早く王国軍に気づかれるとはな。龍脈を感じることもできない劣等種のくせに生意気な。しかし、よりにもよってあの小賢こざかしいパリス軍か…今回の編成では相性が悪い。速攻を仕掛けてここまで来たのが裏目にでてしまったか。仕方ない撤退だ」


 ◇


 アイアスの軍が街から撤退していくのが見える。俺達は何とか命拾いしたようだ。しかし、魔王軍、王国軍がなんでこの貧民街に?

 そう考えを巡らせている間にも俺とモルドレッドはパリス軍の兵士に連行されてパリス王子の前に連れ出された。

 俺はモルドレッドに習い頭を下げながらパリス王子の前にひざまずいた。


「君が先行して戦ってくれていたモルドレッド君かな?」


 パリス王子の優しい声色こわいろが聞こえる。


「はっ、生まれ故郷の危機と知り、独断専行で隊を率いた事に関しては弁明の余地もありません」


「別に責めているわけではないよ。まぁ、褒められた事でもないが、結果的に君の判断は正しかった。だからこそ僕もこの街に進軍したのだからね。隣の子はこの街の友達かな?」


「はい、アキレウスと言います。彼もまたこの街のために私と一緒に魔王軍と戦ってくれました」


「そうか、それはご苦労様。というか頼むから二人共、遠慮なく顔上げて楽にしてくれないか。安心して。僕はヘクトール兄さんと違って堅苦しい事が嫌いなんだ。この場ではもっとラフな感じで喋ってくれてかまわない。その方が僕も楽でいい」


 この様な親しみやすさはパリス王子の魅力だ。彼は堅物な第一王子ヘクトールとは違い取っつき易く人気者だ。別にヘクトール王子が悪い人というわけではない。ヘクトール王子は文武両道で真面目でこの国に欠かせない存在である。

 要するにこの正反対の二人で上手いことやっているのである。かれる層が違うだけでどちらも人気は高い。誠実で堅守なヘクトール王子と型破りで柔軟なパリス王子で互いに適材適所で活躍しているトロイ王国の双璧なのだ。俺達は言われた通りに顔を上げる。すると…


「なっ…その額のあざは…じゃあ、あの兵士の報告は…まさかカッサンドラ姉さんの戯言ざれごとは本当なのか…」


 人前で無邪気な笑顔を振りまく。パリス王子が表情が俺の顔を見て曇る。


「すみません。お見苦しいものを」


 原因が額のあざだと察した俺は急いで謝る。俺は反射的にその事に対して謝罪の言葉を述べあざを隠したが…

(パリス王子は軟弱な貴族連中とは違って戦いにおもむいている一人の立派な戦士。こんなあざぐらいであそこまで驚きになるだろうか?)

 と疑問がうかんだ。しかし、現状どう考えてもあざ以外の原因が思い当たらない。


「いや、悪い。街のために戦いで傷ついた相手に失礼だった。すまない。どうも僕は疲れているみたいだ。

 少し休む。話しの続きは王宮で聞こう。アキレウス、きみも来てくれ。色々と話が聞きたい」


 パリス王子はすぐに笑顔に表情を戻し、そう言って俺達を引き下げた。

 俺とモルドレッドは何故か別々に王都に向かう事になった。モルドレッドは不満を訴え理由を聞こうとしたが、結局は詳しい事は聞けず、パリス王子の命令となれば黙って従うしかなかった。

 しかし、その理由は実のところは俺もモルドレッドもなんとなく察しはついていた。案の定、俺は軟禁され王都に辿たどり着くまでの間にゴブリンなどのモンスターを召喚した事、それを従えた事についてしつこく尋問された。

 それに関しては俺自身も不思議に思っている事であったので、我ながら馬鹿正直にありのままに話してしまった。それから俺への警戒は厳しくなっていった。

 魔王と同じくモンスターを従える力に不信感を抱いたのだろう。パリス王子が何故、あんなにも俺の額のあざに驚いたのか今なら分かる。何せ、俺も鏡を見て驚いた。あざはあの魔人アイアスと同様にオリーブの冠の様な形になっていた。

 しかし、街から出たある日その召喚術の再現を要求されたが不思議な事に一度も成功することがなく。やろうとするたびに俺が魔力切れの症状で倒れるので兵士達の警戒もやわらいでいった。気狂いの与太話よたばなしではないかなどの噂も出始めた。

 俺自身も俺なんかの魔力量で召喚術なんぞを使えるはずがない。何かの間違いだったのだと思い始めていた。

 それでも軟禁は継続され、更に王都に着いた後はしばらくろうで監禁状態だった。


「なんで俺がこんな目に…一体何だっていうだよ…」


 わけの分からない召喚術。監禁状態で俺の気分は落ちこんでいた。もしかしたらこのまま処刑という展開もあるのではと嫌な想像をしてしまう。

 そしてどれくらい日がたったのだろうか。俺は牢から出されてある一室に連れ出された。

 そこにはパリス王子とモルドレッドを含め名のある騎士達がいた。


「長い間、監禁してすまなかったね。ようやく君の処遇が決まった。まず結論から言うと君はこれから僕の遊撃軍に入って魔王軍と戦いに協力して欲しい」


「はい?」


 予想もしていなかったその言葉には俺は唖然としてしまった。

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