第3話 魔人アイアス

 見張り台で俺達は信じがたい光景を目にして言葉を失った。それは凄まじい光景であった。

 獅子ししが描かれた真っ赤な旗をかかげてモンスターの大群が迫って来ていた。

 まず前衛にはモルドレッドが街で倒したゴブリンリーダーよりも立派な装備を身にまとったゴブリン達が綺麗きれいに隊列を組んでおり、その後方には毛むくじゃらで巨大な体、二本の角がはえているモンスターが両刃りょうばの斧の様な武器を携え歩いていた。それに混じってそのモンスターと同じぐらいの体格で片目のおぞましい姿のモンスターも見かけられた。

 オーガとサイクロプスと呼ばれているモンスターだろう。どちらも力が強く凶暴な奴らだ。そんな奴らがが統率のとれている動きをしている光景が恐ろしさを際立ったせた。


「マジかよ…マジで魔王軍の一軍じゃないか…」


「何でなんだ!おかしだろう!小規模の軍勢とはいえ、何で魔王軍がこんな貧民街に来るんだよ!軍を出すメリット何か無いだろ?」


「分からない。しかし、あの軍勢…あの旗は間違いなく…」


 皆、動揺し混乱していた。先程のゴブリンの大群を遥かに超える絶望。理屈に合わない魔王軍の進軍に頭が追いつかなかった。それは俺もだった。

(何故…何で…どうして…)

 先程から抑えていた怒りと疑問が激しく再燃する。



「今は考えている暇は無い。撤退だ。生きて報告する事が優先だ。おい、アキレウス何処に行く気だ。待つんだ…」


 気づくと俺はモルドレッドの声も振り払って魔王軍の前に飛び出していた。


「ふざけるな…ふざけるな…これ以上、俺達の街をどうするつもりなんだよ…」


 ズキン ズキン! ズキン!!


 額がまた痛みだした。コブリン、インプと確証は無いが俺は馬鹿馬鹿しい推論を試した。

 本当に馬鹿馬鹿しい。しかし、そうとしか考えられない。イメージしたモンスターを召喚てぎるなどと。俺なんかにてぎるはずがない。自惚うぬぼれもいい加減にしろ。

 たが、今の俺の頭は冷静ではなく怒りにより、やけくその状態だった。その馬鹿な妄想を迷わず実行した。

 地面が青く輝き先程見たオーガとサイクロプスが一体ずつ姿を現す。


「殺れ」


 俺の短い言葉共に二体のモンスターは軍勢に突進していく。流石は怪力のオーガとサイクロプスである。武装した前衛のゴブリンを軽々と跳ね飛ばしていく。しかし、いや、案の定。その後にいる同じオーガとサイクロプス達に敵うはずもなく、二体のモンスターは殺されて消えていった。


「なら、もっとだ…」


 ズキン ズキン! ズキン!!


 体が熱い、額が割れるように痛い。だが、そんな事よりも俺達の街を蹂躙じゅうりんしようとしている奴らが許せない。

 再び地面が青く輝き、今度はオーガとサイクロプスが二体ずつ出現した。


「足りない。もっとだ…まだ数が足りない…もっとだ…」


 俺は更に召喚を試みたが、再び地面が青く輝き出す事が無かった。


「くそ、どうしたんだよ。まだ…数が足りないんだよ…頼む…」


 俺は涙を流しながら地面を思いきり叩く。しかし、何の反応も示さない。不思議な力は枯渇こかつしてしまったのだろうか?


「グゥワァーー」


 ドッサ


 俺が召喚したオーガの一体が呆気あっけなく倒れる。召喚に必死になっていた俺は近づいてくるそいつに気づかなかった。

 そいつはゴブリンでもオーガやサイクロプスでも無かった。オーガやサイクロプスにも負けない程のがたいの良さだが、紛れもなく人の姿をしていた。巨大な分厚い盾と槍を持ったそいつは俺の召喚したオーガとサイクロプスを難なくなぎさぎ払い、俺に近づいてくる。髭面でごつい顔、その額にはオリーブのかんむりの様なあざがあった。


「そこの薄汚い少年、何故お前の様な者がアガメムノン様を含め、母なる女神メデューサ様の血を引く極一部の魔人と魔女しか使えない召喚術を使えるのだ?

 何故お前ごときがこの地の龍脈を利用できた?答えろ!お前は何者だ?」


 いきなり浴びせられるわけの分からないそいつの怒声に頭に血が登っていた俺は怒鳴り返した。


「お前達こそ何なんだよ一体。人の住処すみかをめちゃくちゃにする気か?お前の方こそ名を名のれ」


「言葉を知らないガキめ。まぁ、だがその生意気な態度は嫌いではない。冥土の土産だ。特別に名乗ろう。我が名は魔人アイアス。この軍を率いる魔王軍の将の一人だ」


「へっ、偉そうにしやがって、貧民街なんぞをわざわざ軍を率いて襲うような将なん度量が狭いにも程がある」


「はっははは」


「何だ…何がそんなにおかしい?」


「笑わずにいられるか。お前が召喚術を使えるのにも関わらず、この土地の価値に気づいてないというのがあまりにもおかしくてな。ふむ、皆殺しというのが命令ではあるが。こいつは生け捕りにして報告すべきだな」


 アイアスがゆっくりと近づき始める。体が動かない。全身がだるく、呼吸するのが精一杯だ。この症状を俺は知っている。魔力切れ。魔術の使い過ぎで体内の魔力が枯渇こかつしている状態だ。奴が言っていた召喚術の代償か?でもそれなら俺にはそもそもゴブリン一体を召喚するのさえきわどい魔力量のラインのはず。何故、今なんだ?くそ…


「度し難い。本当に何も分かっていないのだなお前は」


 アイアスの手が伸びてくる。俺はなんの抵抗もできない。諦めかけた時


雷光一線ライトニングラッシュ


 突如として現れたモルドレッドがその腕を弾き、俺をその場から連れ去った。


「ちっ、他にも生き残りがいたか。素早い奴だが重りを背負ったままでは逃げ切れまい」



「おい、モルドレッド降ろせ。このままだと二人して捕まってしまう。お前だけなら逃げれる」


 モルドレッドから疲労が感じられる。魔力も残り少ないだろう。このまま俺を背負ったままだと追いつかれる。


「うるさい。無捨てられるかよ。俺にとってお前は家族同然なんだぞ!」


「くそ!」


 これ程までに己の愚行を恨んだことはない。モルドレッドを振り切れない自分が恨めしい。


「はぁー、はぁー」


 モルドレッドの息が荒くなる。体力の限界。魔力も尽きたのだろう。走る速度が明らかに遅くなっている。


 ダッタタタ


 複数人の人物が走る足音が聞こえる。畜生、もう追いつかれたのか?いや、だとすると音の方向が変だあれは…


月桂冠げっけいかんが描かれた旗。間違いないトロイ王国第二王子パリス様の遊撃軍だ!」





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