第29話 新たなる展開

 フレイム神殿を一通りの調査を終えたオデュッセウスはこの神殿の扱いに悩んでいた。神殿の奥にあった壁画。そこには巨大な赤い龍がえがかかれていた。

 恐らくその龍がこの神殿にまつられている。伝説の四大精霊なのだろう。実際に壁画からは強大な魔力を感じる事ができ、その精霊がここに眠っているのが分かる。

 しかし、異界から流れてきた神殿だけあってそれ以外の事はオデュッセウスの頭脳をもってしも全く分からなかった。刻まれている文字は勿論もちろんの事。神殿の造りやそこに流れる魔力の性質などが全くもって自分達が知る物とは異質なのだ。


「参ったな〜。これは少し、想定外かな。四大精霊が存在しないなら戦力差は覆らない。もし四大精霊が存在していたならこちらが先にその力を手に入れるって考えだったんだけど。これはどうしたものか…」


 考えを巡らすオデュッセウス。その周囲にはこの場所をまるで守るかの様にオデュッセウスに立ち塞がった凶暴なドラゴン達の死体がころがっている。こいつ等の相手で大分、魔力を使ってしまった。ここにたどり着く為の損失も小さくは無いとはいえ、神殿が自分達の利になるものでなければこの場所を破壊するべきだ。元よりそれが何よりも確実な方法だろう。自分達の利益にはならないが、それでトロイ王国の逆転の目も消える。

 だが、全く未知数の異界の神殿。下手に破壊するれば良くない事が起きる可能性も否定できない。それに正直なところ惜しい。出来る事ならもっとゆっくり調べてみたい。知的好奇心がオデュッセウスの判断を鈍らせる。


「とりあえず一回、外の空気を吸ってこよう」


 神殿の中では気を引くものが溢れすぎていて考えがまとまらない。そう思い外に出ると自分達とは違う船が接近しているのが見えた。


「パリス軍の船か。思っていた以上に早いな。キルケーはあまり時を稼げなかったか。予定外の事が続くなー。めんどくさいけど仕方ない。万全の準備はできないがこうなれば僕直々に迎え撃つとしよう」


 ◇

 フレイム神殿に近づくにつれて海にワイバーンと呼ばれる前脚と翼が一体化している小型の龍種の死体が浮かんでいるのが目につくようになった。


「このワイバーン達は恐らくオデュッセウスが倒して行ったのでしょう。我々は完全に出遅れた形になってしまったみたいですね。神殿が無事だと良いのですが」


 それを見ながらアイネイアスが呟く。最早、オデュッセウスが先に神殿に到達しているのは確実だろう。トロイ王国にとっては僅かな希望であるフレイム神殿ではあるが、魔王軍からしたらまた事情が違うだろう。最悪の場合は…


「あぁ、既に破壊されてしまっている可能性もある。あいつはちょっとおかしい程に合理主義だからな。

 でも同じくらい知的好奇心にも素直な奴だし、異界の神殿となれば奴も下手に手を出す事はしないだろう。

 まぁ、結局のところ、ここで考えてても分からない。相手次第だ。

 どの道にしろ待ち構えているのは僕達にとっては厳しい局面だ。戦闘準備は今まで以上にしっかりとしないといけないね」


 パリス王子の言う通りではある。この先でオデュッセウスとの戦闘になる可能性はかなり高い。神殿を守るモンスターとの戦闘で消耗しょうもうしているかもしれないしれないが、魔王軍の将の一人。かなりの強敵に違いない。

 しかも今回は以前のアイアス戦とは違い、こちらの領土での戦闘ではない。なので補給などは期待できない。むしろオデュッセウスは今、多くの龍脈を手にしている。互いにとって異郷の地ではあるが、アドバンテージはオデュッセウスにあるだろう。

 これまでの様な行き当たりばったりの戦いでは勝利する事は不可能に近い。


「まず、こちらの勝利条件を明確にしよう。僕達の目的はフレイム神殿だ。オデュッセウスを討てるに越したことはないが、フレイム神殿が無事ならオデュッセウスをそこから引き剥がすだけでもいい」


「それはそうだが撤退させるってのも簡単じゃあないだろう。それに上手いことオデュッセウス撤退さても、龍脈と同様にヒュドラの毒を撒かれたら調査なんてできないぞ」


 ペンテシレイアの指摘は最もであり、俺自身もパリス王子のあげた勝利条件が難しいというのを感じていた。

 フレイム神殿というこちらの目的が既に相手の手の中にあるという時点でのこの勝利条件を達成するのは中々に厳しい。こちらが上手く相手を出し抜かないといけない。


「そうだね。本来ならペンテシレイアの言った通りだ。僕達の勝ち目は薄い。オデュッセウス側が完全に有利な状況だ。この状況もあいつの計算の内だろう。だけどこちらにはオデュッセウスでさえ、予期できない切り札がある」


 切り札?そんな物があるのか?俺の召喚術はもう敵側も十分に知っている事だし違うよな…。全く分からない。


「オデュッセウスさえ予期していない僕の切り札。それはモルドレッド、きみだ!」


「!?」


 パリス王子のまさかの発言に全員が驚く。そして誰よりも名前を呼ばれたモルドレッド自身が最も驚いていた。


「俺ですか?何の冗談ですか?俺はまだ若輩の身ですし、アキレウスみたいに特別な力を持っているわけでもないんですよ。切り札になんて…」


 恐らく、この場にいた者のほとんどがモルドレッドと同じ事を思っただろう。モルドレッドは確かに優秀だ。どこの馬の骨かも分からない貧民街の出から今の立ち位置に゙まで成り上がれる力がある事は納得している。

 だが、他の将達を超えられる程の力があるとまでは言えないし、この状況を覆す能力があるとは到底思えなかった。


「モルドレッド君がそう思うのも無理はない。皆も同じ考えだろう。何せ秘策中の秘策だからね」


「その秘策とは何ですか。しっかりと説明してくれませんか?本当に俺自身、全く見当がつかないのですが」


「そうだね。少し長くなるけど、ここはしっかりと説明しようか。

 そもそもフレイム神殿の遠征はモルドレッド君の力を引き出す為の遠征なんだ」


「ますます意味が分からないですよ。俺と異界の神殿に何の関係があるんですか?」


「驚かないで落ち着いて聞いてくれ。モルドレッド。きみは僕達とは違う世界で生まれた人間なんだよ。街とか国とか身分って意味ではなく、今いるこの世界とは別の世界から流れ着いた人間なんだ。フレイム神殿と同様に」


「なっ!」


 先程以上に突拍子もないパリス王子の発言に全員が固まる。別の世界の人間。そんな事がありえるのか。

 ソロモンからその存在を聞いていた俺でさえ、その言葉を上手く受け止めれなかった。


「僕達の世界には時々、別の世界から人間や物が流れ着く事がある。別の世界の力はこの世界に大きな影響をもたらす。

 モルドレッド君が僕の軍に入るきっかけとなった武道会。あれは実は優秀な兵士を募る為だけでなく、異界から流れ着いた才能ある人間を見つけ出す為の武道会でもあったんだ」


「その武道会で優勝した俺が異界の生まれという確証はあるんですか?確かに俺は自分も生まれが分からない捨て子ですが、とても自分がそんなだいそれた存在とは思えません」


「本当にそう思っているのかい?きみは賢いから気づいているんじゃあないかな。君の魔術。僕達の使っている魔術とは異なるモノだと」


「うっ…」


 モルドレッドは図星を突かれた表情になる。それは決定的だった。


きみが育った貧民街ではそもそも魔術を使える者が少なくって違和感を持たれなかったのだろうけど、君の魔術は僕達の魔術と似ているが根幹の部分が決定的に違う。

 僕達の魔術は神への祈りや信仰が元になっている。

 その為に魔術を使う時には神の名を詠唱に入れる必用がある。きみの魔術にはそれが無いんだよ。モルドレッド」


「待ってくださいパリス王子。俺の召喚術は詠唱すら無く発動します。それに魔術が違うだけでモルドレッドが異界の生まれと決めつけるのは…」


 モルドレッドの魔術が他の将達と違うのは俺も何となく感じていた。しかし、それだけでは昔からの幼馴染が別の世界の生まれなどという話を信じられない。


「確かにアキレウス君の意見はもっともだ。これだけでは何とも言えない。召喚術の様なまだ知られていない新しい魔術の法則があるのかもしれない。

 でもね。雷の魔術でゼウスの名で無く、ドラゴンを名を呼ぶってのは流石にありえないよ。雷は最高神ゼウスの象徴。対してドラゴンはこの世界にとってはその敵対者だ。もう使っている魔術の法則がめちゃくちゃ過ぎる。無詠唱何かよりもデタラメだ。

 だけど、ドラゴンを祀る世界から来たのならそれは成立するのかもしれない」


 少しの沈黙のあと、モルドレッドが口を開く。


「…確かに筋は通っています。正直、魔術などに関しては俺自身も疑問をもっていました。パリス王子のおっしゃる通り、俺はフレイム神殿と同じ世界から来た人間なのかもしれません。

 しかし、すみませんが俺は本当に何も分からないのです。生まれが異界の人間だとしても俺はこの世界で育った人間です。パリス王子は俺にフレイム神殿で何をさせたいのでしょうか?」


「君には神殿に眠る精霊の力を手に入れてもらいたい。神殿の最深部に精霊を祀っている何かがあるはずだ。そこに君が辿たどり着けば精霊の力が君に宿るはずさ」


「待ってください。それこそどんな根拠があるのですか?先程、言いましたが俺はその世界の事を知りません。それに仮に同じ世界から来たものとはいえ、そんなに簡単に精霊の力が宿るとは思えません」


「僕の直感」


 モルドレッドのこの切実な問いに対して思いもしないとんでもない回答が返ってきた。


「直感ってそんな曖昧なものにけるというのですか?」


「大丈夫。上手くいくさ。僕の直感は預言の神であるアポロン様の加護がついているからね」


 俺とモルドレッドは不安をつのらせるが、パリス王子の昔から付き添った兵士達はこの回答になぜか納得し、覚悟を決めたようだった。

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