第14 話 魔猪

 その声は敵本陣から魔術で飛ばされているらしく。声の主の姿は見られない。


「あのトロール軍団を攻略するとは中々やるじゃあーん。トロイ王国の害悪共。

 だけど、貴方達あなたたちの快進撃もここで終わり。偉大なるオデュッセウス様の副官にしてウルトラスーパーな魔女であるこのキルケーが貴方達あなたたちに絶望を与えて上げましょう。行け私の可愛い。豚ちゃん。カリュドーンのイノシシ


 その叫び声と同時に巨大な何かが物凄いスピードでこちらに向かって突進して来た。前進していたこちらのオーガ達はそれに呆気なく弾き飛ばされていく。

 それは今までに見たこと無い巨大なイノシシだった。オーガ達よりも一回り以上大きく、牙は刀のように鋭かった。まさに魔獣。巨体であるにも関わらず、驚異的なスピード。質量と速度から生じる圧倒的なパワーの破壊力。

 それがこちらに向かって来ている。


「弓兵隊、撃てー。あのイノシシがこちらに来る前に止めろー」


 パリス王子の部隊を中心にした弓兵の矢がイノシシに雨のように降り注ぐ。

 しかし、イノシシに矢は一本も当たらなかった。


「なっ、どうなっているんだ!!」


 その結果に弓兵達が驚く。

 イノシシがスピードでかわされたわけではない。イノシシに当たるはずの軌道の矢がイノシシをまるで避けるかのように不自然にその軌道を変えたのだ。


「カリュドーンのイノシシ。何かの文献で見た事があったような…確か特別な加護を受けたイノシシで飛び道具が当たる事が無いとか…」


「何だと、それは本当かソロモン。いや、現に僕の率いる弓兵隊の矢が当たらないのを見るにそうなんだろう。

 だとしたらマズい、あれを止めるのは至難の技だぞ。飛び道具が効かないなら直接的な力で勝負するしか無いけど、何しろ力が凄いオーガ達を簡単に弾き飛ばす突進力だ。ペンテシレイアの部隊でも止めれないだろう」


 こうしている間にも巨大なイノシシがこちらに迫ってきている。オーガ達やあらかじきづいた防壁は少しの時間稼ぎにしかならないだろう。


「パリス王子。大至急だいしきゅうこの薬品をアイネイアス様に渡してください。それを燃やしてその煙を風の魔術であのイノシシに向けて送るようにと指示を。あとくれぐれも自分達が吸わないように注意させてね

 それとアキレウス君は召喚術をお願い。以前、教えたドワーフを30体ほどお願い」


 「了解した」 「分かった」


 ドワーフか。え〜と、確か髭面で身長が低いけど、横幅があって筋肉質な体で以外にも物作りが得意で器用な奴と…

 首輪が青白く光ってイメージしたドワーフが召喚された。


「召喚は成功したぞソロモン。ドワーフ達に防壁を作りなおさせるのか?」


「いや、ちょっと違う。ふむ、どうやらアイネイアス様の方も上手くいったみたいだね」


 見ると玉虫色たまむしいろの不気味な煙が巨大なイノシシに向かって行っている。その煙が近づくと、イノシシは少しずつ後退し始めた。


「やっぱり、ここからでも凄い激臭だ。鼻が敏感なイノシシにとっては地獄だろうな。

 普通の野生のイノシシだったらこれだけでも逃げ出すのかもしれないけど、やっぱり、強い指令オーダーが魔術で出されているみたいだなー。あのカリュドーンのイノシシを従わせるなんてただのイカれた中二病魔女じゃあないな。

 指令オーダーが更に強くなる。もしくは薬品が切れる前に仕掛けないと」


 ソロモンが自分の事を棚に上げている事に対してのツコッミを我慢して俺はソロモンの指示に耳を傾けた。


 ◇


 劇臭をともなった玉虫色たまむしいろの不気味な煙が薄れてきた。まだ近寄り難いにおいだが、イノシシは強くなる指令オーダーに従い、走り始めた。

 走り始めると先程の劇臭とは違い気分が高揚するような魅惑の香りがし始め、イノシシはよりスピードを上げた。スピードと共に増していく破壊力。巨大なイノシシを邪魔するような障害物は目につかない。このまま突き進める。

 しかし、イノシシがトップスピードに至る直前ちょくぜんで片足が一瞬、地面に沈んだかと思うとそのまま足を引っ張られて転倒してしまった。見ると片足にロープがきつく巻きついてる。ロープは地面から出ており、地下深くに何かとつながれているのだろう。一度、止まってしまったイノシシにはこのトラップを振りほどく力は無かった。

 くくりわな、普通の狩猟しゅりょうでも用いられる事があるトラップ

 全速力フルパワーを出す事が出来なくなったイノシシ甲冑かっちゅうまとい、身の丈に合わない程の大きな大剣を手に持った騎士が向かって来る。イノシシは最期の足掻きで暴れ狂うが、何故か体が痺れて上手く動けない。


戦神の激高アングリー・アレス


 騎士はそう叫び声を上げ、大きく飛んでイノシシの頭を大剣でかち割った。

 

 ◇


「ペンテシレイア様がやり遂げたみたいだね。わなが上手く作動して良かったー。ドワーフ達がこんな活躍をするとは思いもしなかったよ」


「どんなモンスターにも強みがあるんですよアキレウス君。

 とはいえ、今回の最大の功労者はアイネイアスだね。彼が『美の女神の誘惑セダクション・アフロディーテ』で誘導してくれなかったらピンポイントでわなめる事は難しかったからね。

 何しろ時間と物資がない中でドワーフ達が作成した急ごしらえのわなだったからね。しかも重りに関してはドワーフ達自身というマシで力技だったしね。彼等が穴掘あなほりの達人でもあって助かったよ。あとジャイアントスパイダーの糸を応用して頑丈なロープを作れたのも幸運だった」


「僕的には潜伏させていたモルドレッドがそのロープを通して電気を流して麻痺させペンテシレイアをアシストしたのも大きかったと思うね。

 だけどね、君達、強敵を倒して喜ぶ気持ちは分かるがまだ戦いは終わっていない。気を引き締めて」


 パリス王子の言う通りだ。まだ戦いは続いている。今度こそ敵陣に攻め込んで魔女キルケーをたないといけない。魔人、魔女の力は未知数だ。改めて気を引き締めて挑まなければならない。


「あれ敵、何か撤退していてません?」


「本当だ。カリュドーンのイノシシが倒された事で襲撃は失敗したと判断したのか?いや、それにしても…。ともかく不気味だ。追撃はしないように伝令を出してくれ。罠かもしれない」


 パリス王子のその指示により深追いはせずに見送る。この戦いは以外にも呆気あっけない幕切れとなった。防衛に成功したが何かすっきりとしない感じであった。

 だが、新たなる敵の拠点に辿り着いた時、敵の目的を理解した。それ端的に言ってしまえば時間稼ぎだ。

 俺達はその拠点を取ることが出来なかった。強いモンスターがいたわけではない。それどころか一切のモンスターがいなくその龍脈は放置されていた。

 それなら何故?


「やられた。これは酷い」


 その光景を目ににしたパリス王子は思わずそう言葉を漏らす。

 目に映るのは拠点を一帯を覆うあらゆる生物を拒む毒の沼。それも異常なほどの猛毒。気化したそれ吸ってしまうだけでも体調に異常をきたし、近づく事さえも出来ない。


焦土作戦しょうどさくせんってところだね。土地を奪われて敵に利益を出すぐらいなら自分達で潰した方がマシだって考えか。

 魔王軍からして見ても龍脈による魔力供給さえ出来れば何も惜しくも無い土地だから理にかかなっている。しかし、ここまでの猛毒の沼を簡単に作れるのか?」


 パリス王子の疑問は最もだ。こんな猛毒の沼を一体どうやって魔王軍は作ったというのだ。これ程までの猛毒となれば用意するのも扱うのも難しいはずだ。それを沼を作る量を用意するとなればなおの事だ。リスクも大きく簡単に出来る事ではない。


「それが出来るモンスターに心当たりがあります。詳しい文献が残っでおらず、私もあまり詳しい事は知らないのですが『ヒュドラ』という毒蛇のモンスターがこれ程までの猛毒を有すると見た事があります。

 まさかそんな伝説的モンスターが存在している可能性があるとはヤバい興奮してキター」


 変態学者肌のソロモンは呑気のんきに喜んでいるが、こちらとしてはこれは絶望的な展開だ。

 完全な手詰まりだ。劣勢であるこちらの唯一の希望である龍脈の奪取による戦力強化という作戦が潰されたのだ。しかも魔王軍はこの毒沼を作り出したかもしれない『ヒュドラ』という強力なモンスターを有しているのかもしれないというのだ。

 道の見えない暗闇に突き出された気分だ。一切の希望がたれた状況に皆、言葉が出なくなった。


その時…


「伝令、伝令です。至急、王都に戻られよとのこと」


王都から伝令が届いた。さらなる大きな戦いが俺達を待ち受けていた。

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