第22話 新たな遠征

 魔王軍の将の一人であるアイアスを倒すことは出来たが犠牲となった者も多かった。サルペドン含め、多くの優秀な兵士達の命が失われた。彼等の葬儀ではまるで天上にいる神も泣いているかの様な大雨が降った。

 勝利の喜びよりも悲しみが大きかった。しかし、残酷ざんこくにもその悲しみに雨にひたる時間も惜しい程にトロイ王国は追い詰められ、対策に急を要する事態になっていた。

 その様な事態の中、魔力切れの症状で倒れて丸一日ほど眠っていた俺は泣きじゃくるソロモンから説明を受けた。


「本当に〜凄く心配したんだからね!もう〜」


「心配かけて悪かった。俺は大丈夫だからもう泣きんでくれ。そんなに近くで大泣きされると困る」


「もう無茶しないって約束して!」


「いやそれは…皆が命懸けで必死に戦っているだから」


「もう脳筋な正論で逃げないでよね!」


 何なんだよこの変人賢者様はと思いもしたが心配をかけてしまったことは事実であり、俺が倒れてしまった時にソロモンが慌てて応急処置などをしてくれたと考えると強気には出れずにいた。最早、いつも以上にだじだじである。

 その最中さなか、思い出したかの様に疑問が頭をよぎった。


「それにしても何で急に魔力切れの症状が出たんだろう。魔力量に関してはまだ余裕があったはずなのに。それにワームを召喚したあとは魔力を大きく消費するような事はしてないし…」


「アイアス討伐の為に僕達が軍を引き返したあとを狙った魔王軍に龍脈を奪い返されてしまったんだよ。それによって君に流れる魔力が急に減って魔力切れの症状が出てしまったんだ」


「パリス王子!」


 突然の来訪者に俺は驚き、立ち上がろうとするがまだ体に力があまり入らず、軽くふらつく。


「「君はまだ安静にしているように!!」」


「はい…」


 それを見たソロモンとパリス王子にしかられてしまった。


「いや、驚かせた僕も悪かった。どうしても君の状態をじかに確認しておきたくてね。すまない」


「ご気遣いありがとうございます。パリス王子。それよりも先程の話は本当なのですか?」


「はぁ〜、これはうっかりしゃべってしまった僕のミスだな。君には今はしっかりと休んでいて欲しいのだけど。仕方ない。その様子だと気になって休む事もできないだろう。

 さっきも言ったが、僕達が奪ってきた龍脈はほとんど奪い返されてしまった。君の急な魔力切れはそれが原因だ。

 しかも斥候せっこうからの情報によればやはりヒュドラの毒がかれているようだ。十中八九、オデュッセウスの仕業だな。情が無いゆえの手際の良さだ」


「オデュッセウス。以前に交戦したキルケーという魔女が口にしていた名ですよね?魔王軍の将ですか?」


「うん、その通りだよ。アイアスと肩を並べる程に強く、アイアスとは正反対な性格の将。

 奴はアイアスとは違って冷静で合理的に攻めるタイプの将だ。ゆえにこの上なく面倒臭めんどくさい」


 そう言うパリス王子の顔は確かに凄く嫌そうな顔をしていて言葉に説得力があった。


「確かに龍脈がある土地を毒で犯すという徹底ぶりを見るに厄介な相手というのは嫌でも感じます」


「そうそう、こちらが困る事を的確にやってくるんだよ。おまけに最近は優秀な副官にも恵まれたみたいだなー。もう、あんなつまらない奴をあそこまで尊敬しているなんてかなりの物好きだよきっと」


 こままでヒートアップしているパリス王子は珍しいのでは。余程、オデュッセウスに酷い目に合わされたのだろう。


「龍脈が取り返されて、しかもそれを再び奪うのが難しいとなると今後の方針を改めて考える必要があるね。パリス王子、どうするつもりかな?再び我々は窮地きゅうちに立たされてしまったわけだけど」


 ソロモンのそのといは俺にとっても苦しかった。ここまでの俺の活躍は召喚術があってこそだった。今回のオデュッセウスの進軍によりその力が大幅に減弱してしまったのだ。

 全く力を振るえないわけでは無いが、今後は大きな力になれないという事実が無性むしょうくやしかった。


「普通なら籠城ろうじょうしながら奇襲や暗殺を゙狙うのが堅実的な手だろうね。しかし、それで勝てる見込みは少ない。苦し紛れの策だ。時を稼ぐのが関の山だ」


「援軍が期待できな無い籠城ろうじょうに勝利の道は無しか…」


 パリス王子とあのソロモンが凄くシリアスな感じで話をしている空気が現状がいかにヤバいかを感じさせる。


「あぁ、だから僕は四大精霊がまつられているフレイム神殿にこの状況を打開するモノが何か無いか遠征を考えている」


「フレイム神殿しんでん!!って危険な竜種が蔓延はびこる危険地帯ですよね。しかも異界の未知の文化で作られた謎の神殿しんでん。それは興奮するー。じゃあ無くて、大きなリスクをおかして奇跡にすがるつもりですか?無謀過ぎじゃあないかな!?」


 知的好奇心の奴隷どれいの様なソロモンがこうも焦るのは珍しい。それだけ今のパリス王子の発言は突飛とっぴなものなのだと無学な俺でも理解できた。


「そうツッコまれるよなー。実際に父上も兄上も呆顔あきれがおだったし。だけど現に奇跡だろうが可能性にけてみるしか勝機は無い。

 現にこれまでの僕達の快進撃だって召喚術という奇跡があっての成果だ。それに召喚術の術者のアキレウス君だったら神殿しんでんまつられている精霊の力を手に入れる事ができるのかもしれ無い」


「それは凄く興味があるし、面白そうだけど。そんな夢物語の方針を国王様が許可したのかい?

 それにアキレウス君をこれまで以上に危険な戦いに巻き込む事になるよ」


「渋々ではあったけど許可はりたよ。兄上が父上を説得してくれてね。奇抜きばつな事やってのけて成果を出すのが自分達には無い、僕の長所って言ってくれてさ。正道は自分が進むからお前は自分の道を進めって応援してくれたんだよ。

 まぁ、それはそれとして確かにアキレウス君の意見を聞いておきたくはある」


「俺の意見ですか?」


「うん、君自身の意見はどうだい?フレイム神殿の遠征は正直、さっきソロモンが言ってた通りでかなり無謀なものだ。しかもそれに対する成果の保証は無い。

 そんな僕の我儘わがままとも言える進軍に君は付き合ってくれるかい?立場なんて関係なくアキレウス君の率直な思いを僕に聞かせてくれ」


「俺は自分が役に立てるわずかでも可能性があるのならばその遠征についていきたいです」


「リスクが大きい。それに大幅に減弱したとはいえ君の召喚術は籠城戦にも十分に役立つはずだ。それでも行くのかい?」


「心配は嬉しいけどソロモン。俺は俺を信用してくれたパリス王子を信じたい。それに死んでしまった故郷こきょうの皆のかたきをできるだけ取れる様な道を選びたいんだ」


「そうか…その意思は固いんだね。それならば僕もその遠征に同行しようじゃあいか。いいよね?パリス王子」


「えっ、引きもりの賢者で有名なソロモンが自主的に遠征の同行を申し立てるとは!大丈夫かソロモン。熱でもあるんじゃあないか?」


「王子とはいえ失礼だぞー!親友のアキレウス君が行くんだ。私もついて行くのは当たり前じゃあないか。それにフレイム神殿は色々と調べてみたい事が多いしね。こんなチャンスを逃さずにはいられないよ。もう、よだれが止まらないぜ。ふっふふ」


 変わらない二人のやり取りを見ていたら活力が湧いてきた。僅かとはいえ、まだ俺には力もチャンスも残さられている。ならば落ちこんでいるひまは無い。

 この素晴らしい人達と肩を並べれる様に全力を尽くすまでだ。

 あきらめかけていた憧れの夢の世界が現実になっているのだから。命尽きるまで全力で今をけていたい。

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