第31話 化け物

「さっ、下がって!」


 青年は少女を下がらせて短剣を引き抜く。


 できれば勇者の力を使わずにこの場を切り抜けたいが、大ネズミの時のようにはいかない。

 奴らは死を恐れぬアンデッド。

 生きたモンスターとは違う。


 怪我を負わせたところで怯んだりしないし、餌で気を引くこともできない。

 このまま戦ったら少女を巻き込んでしまうかもしれない。


 しかし、それ以上に怖いのは――


『化け物! お前は化け物だ!』


 父によって引き起こされた惨劇を目の当たりにした人々は、幼かった青年を化け物の子供として罵った。

 あの時の光景が忘れられない。


 父のようになりたくない。

 化け物になりたくない。

 だから……戦いたくない。


 青年が戦わないのは、あくまで保身のためであった。

 化け物として扱われたあの時の記憶が、青年を戦いから遠ざけていたのである。


 このまま何もしないでゾンビに襲われれば死ぬ。

 それが分かっていても戦うことをためらう。


 少女の他に誰も見ていない。

 それでも……それでも戦うことが怖かった。


「くっ……」


 青年は短剣の柄を握りしめる。

 自分でも手が震えているのが分かった。


 このまま何もしなかったら確実に死ぬ。

 それなら……戦うしか……!


「命を司る大地の精霊よ。

 かの悪しき者たちを土へと還せ。

 ことわりに背く不死者たちよ。

 永遠の安らぎに喜び打ち震えろ。

 退魔ターンアンデッド!」


 少女が詠唱を終えて杖を突き出すと青白い炎が放たれる。

 ゾンビたちが炎に包まれたかと思うと、苦しみ悶えながら倒れていき、そのまま動かなくなった。


「……えっ?」

「退魔の呪文ですよ。

 アンデッドもイチコロなカンタン魔法です!」


 少女はそう言って優しく微笑む。


「あっ……ありがとう」

「なにを改まってお礼なんか言ってるんですか?

 早く先へ進まないと敵に追いつかれちゃいますよ」

「そうだね……」


 少女は全く動じていなかった。

 ゾンビの群れと出くわした時点で詠唱を始めていたのだろう。


 彼女はずっと生き残るために何をすればいいのか考えていたのだ。

 トラウマによって何もできないでいた青年とは違って……。


 ゾンビを退けた二人はそのまま道をまっすぐに進んだ。

 すると奥の方から駆け寄って来るハンスの姿が見えた。


「よぉ、無事だったみたいだなぁ」

「はい……なんとか。

 ヒリムヒルさんは見つかりましたか?

「いや、見失っちまった。

 鎌鼬と不眠症が探しに行ってる」


 勇敢に戦い、一人はぐれてしまったヒリムヒル。

 そして頼れる仲間である不眠症と鎌鼬。

 彼らの身の安全を願う青年だが、他人の心配ばかりしていられない。


「まぁ、アイツらもすぐに戻って来るだろ。

 お前たちは先に逃げてくれ。

 ここをまっすぐ行くと上のフロアに通じる抜け道がある」

「「えっ⁉」」


 思わぬ提案に、二人は顔を見合わせる。


「ここで待ってても仕方ねぇだろ。

 三人が戻って来たら、必ず追いかけるから」

「でっ……でも……」

「お前は人を担いでる分、負担が大きい。

 俺が時間を稼いでる間に少しでも先に逃げろ。

 なぁに、すぐに追いつくから安心しろって。

 そんな顔するなよ」


 ポンと青年の頭に手を置いてニカリとほほ笑むハンス。


 申し訳なさでいっぱいになる青年だが、彼の言う通り身体的な負担は大きい。

 ここで仲間を待つより、先に逃げて距離を稼いだ方が得策かもしれない。


「あの……でも、抜け道なんてありましたっけ?

 打ち合わせではそんな話は……」

「悪いな、うっかり言うのを忘れていたんだ。

 鎌鼬が作った地図を確認したらさっき気づいてよ。

 こっちの方が絶対に早いし、安全に外へ出られるぞ」


 ハンスは右上に視線を向けながら言うと、にっこりとほほ笑む。


「それに、お嬢ちゃんも早く逃がしてやりたいだろ?

 お前にとって特別な関係の女の子だしな」

「え? この子とはそういう関係じゃないです」

「そう言うのいいって」

「いや、本当に関係ない――」

「ごちゃごちゃ言ってねぇで、早くしろよ。

 ほら、奴らの足音が聞こえて来たぞ」


 ハンスに促され、先へ進むことにした青年。

 彼が頭を下げると隣で少女も同じようにしていた。


「ははっ、お似合いだな」

「だから違うって――」


 いや、これ以上は何も言うまい。


 青年は少女を連れて言われた通り真っすぐに進んだ。

 しばらくすると確かに上の階へ続く抜け道が見つかる。


 狭い縦穴をよじ登っている間に、後ろから爆発音が聞こえる。


 ハンスになにかあったのかもしれない。


 不安に思いながらも、更に先を目指す。

 振り返っている暇などなかった。

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