第49話 自分の役目

 青年は素直に答えることにした。


「僕の名前はクイム。

 クイム・ウォード」


 青年は名前を告げる。

 その言葉はふわりと静寂に包まれた礼拝堂の中に響き渡った。


「クイムか、覚えておこう。

 死体運び……いや、勇者クイムよ」


 ギルバードは真っすぐにクイムを見据えて言う。


 視線を交える二人の間に不思議な空気が漂っている。

 敵対していながらもお互いに敬意を払いあう、穏やかな目つき。


 この場において剣を交えるより、相手の姿を目に焼き付けておいた方が意味のある行為だと判断したのだ。


 少女はそんな二人の姿を見て、置いてきぼりにされているように感じた。

 ずっと沈黙を守ったまま面倒くさそうにしている神父と同じように、ただそこにいるだけの存在になり果てているようで嫌だった。


 せめて存在感を示したかったが、二人の間に割って入ることはできぬ。

 やきもきした気持ちでことの成り行きを見守るほかなかった。


「僕は勇者になんてならない」

「そうは言っても、血には抗えぬものだ。

 貴様の父親もさぞかし有名な男だったのだろう。

 父の名を汚すなよ」

「……だまれ」

「ククク……その様子だと何かあったな?

 あとで魔王様に聞いてみることにしよう」


 ギルバードはニヤニヤと不気味な笑みを浮かべる。


「余はいずれ魔王様の右腕となる男だ。

 貴様とも剣を交えることとなるだろう。

 それまで首を洗って待っているといい」

「お前は魔王と手を組んで何をするつもりだ?

 この世界に破滅をもたらすのか?」

「破滅? 人聞きの悪い。

 魔王様は世界を救済しようとしているのだ。

 余はその手助けをしたい」


 救済と聞いて眉を顰めるクイム。

 ギルバードがそんな大層な志を持っているとは思えない。


「人間の世界は欲にまみれている。

 一部の特権階級の者たちが富のほとんどを独占し、

 民衆は貧困にあえいでいる。

 理不尽な世界を少しでも正しい姿に変えようと、

 魔王様は志しておられるのだ。

 そのためには全てを灰にするしかない」

「その過程で多くの命が失われてもいいと?」

「多少の犠牲は仕方あるまい。

 輝かしい未来が多くの命を救うと思えば、

 犠牲となった者たちも本望であろう」


 そんなことが許されていいはずがない。

 クイムのハラワタは煮えくり返っていた。


 しかし、ここでギルバードを仕留めようとは思わなかった。

 なぜかわからないが、一理あると思ってしまう自分がいた。


 魔王が何を企んでいるのか分からない。

 でも、世界の在り方に疑問を抱いているのも事実である。


 クイムは勇者になるつもりはない。


 たとえ世界に変革をもたらすため、魔王が多くの街を焼き払ったとしても、彼は自分でその行いを止めるつもりはなかった。

 自分には自分の役割がある。


 ダンジョンの奥底から死体を運び出だす仕事。

 それが彼に与えられた唯一無二の役割。


 魔王を止めるのは自分の役目ではない。


「クイムよ、余を止めたければ剣を取れ。

 さもなくば、そうだな……余と手を組むのはどうだ?」

「僕が、お前と?」

「悪い話ではないと思うのだがな。

 魔王様も喜んで迎え入れてくれるだろう」


 ギルバードは右手を差し出す。


 まっすぐに自分を見据える彼の視線に耐え切れず、クイムは顔を背けてしまった。


「バカを言わないでくれ」

「そうか……くくく、そうか。

 ハッキリと断らないか……くくく」


 笑い声を漏らしながら、差し出した手を引っ込めるギルバード。

 彼は無言で歩き出し、三人の間を通り抜けて礼拝堂を後にする。


 扉を開いて外へ出る際に少しだけ振り返り、クイムに視線を向けた。


 また会おう。

 そんな風に言っているように思えた。


 扉がパタンと閉まってギルバードが完全に姿を消すと、待っていましたとばかりに少女が口を開く。


「私、リリアって言います!」

「……え?」

「リリアって言います!」


 聞いてもいないのに名前を名乗る少女。


「え? リリア?」

「はい! そうです!」

「そっか……」


 あまりに急な自己紹介に、すっかり緊張の糸が切れてしまった。

 クイムはその場に崩れ落ちるように膝をつく。


「え? どうしたんですか?」

「なんか急に力が抜けちゃってさ……ハハハ」

「あっ、お腹が減ったんですね!

 奇遇ですねぇ。

 私も何か食べたいって思ってたんですよぉ!」

「いや……違うけどね」

「え? 違うんですか⁉」


 リリアは何も分かってない。

 いつも自分のペースで、こちらのことなどお構いなし。


 そんな彼女に救われている自分がいた。


 彼女が傍にいてくれるだけで心が軽くなる。

 ずっと一人で背負っていた重荷から解放されたような気持ち。


 誰かが傍に寄り添ってくれる。

 ただそれだけのことで、こんなにも心が軽くなるなんて。


「違うけど……ありがとう」

「え? 何がですか?」

「さぁ……何がだろうね?」


 青年もよく分かっていない。

 それでもお礼を言いたかった。


「まったく、知らぬうちに色気づきおって」


 ずっと黙っていた神父がぼやくように言った。

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