第48話 導き出した答え

「僕が運んでいるのは、人の心だ」


 青年は実にシンプルな答えを出した。


 彼にとってこの答えは明確に心の中にあったものではなく、ギルバードの問いによってたった今導き出されたものだ。

 この言葉を返すのに何のためらいもなかったし、一瞬たりとも逡巡せずほぼ無意識のうちに生み出された言葉であった。


 彼がこの答えを導き出せたのは、やはり師匠の存在が大きい。


 葬儀屋の師匠は彼にこの仕事の全てを教えた。

 道具の使い方はもちろん、交渉の手ほどき、死体の扱い方まで。

 ありとあらゆる技術を伝授したが、思想までは説いていない。


 青年は師匠の仕事ぶりをずっと見て覚えたのだ。

 どのように死体を運ぶのか。

 どのように冒険者と交渉をするのか。

 死体を地上へ帰した時、待っていた人たちはどのような反応を示すのか。


 死体は肉の塊に過ぎない。

 魂のない肉体は、放っておけば土に還る抜け殻。

 所詮はその程度のシロモノでしかない。


 しかし人は、そんな肉の塊に特別な想いを寄せる。


 家族、友人、恋人、恩師、仲間、そして愛すべき我が子。

 特別な関係だった人の亡骸に、人は特別な思いを寄せるのである。


 亡骸を土に埋める時になって、人はようやく永遠の別れを受け入れることができる。

 最後の別れを告げて、残された者たちは日常へと帰っていく。

 特別だったその人が存在しない日常へと。


 逆を言えば、亡骸が無ければいつまでも別れを告げることができず、最愛の人の面影を虚空に思い描いてしまう。

 もしかしたら、いつか帰って来てくれるかもしれない。

 そんな望みを捨てられずに未練を引きずるのだ。


 時に青年は、葬儀に立ち会うこともあった。

 礼服に身を包み、おごそかな空気の中で故人に別れを告げる人たち。

 棺桶に土をかぶせて行く彼らは悲しげに見えて、どこか安らかであった。


 帰って来てくれてよかった。

 お別れができてよかった。

 ありがとう。

 そんな気持ちが伝わってくる。


 師匠はこの仕事の神髄を、何も語らなかった。


 教えてくれたのは実用的なノウハウのみ。

 心構えだとか、ホスピタリティの精神だとか、この仕事の大切さだとか。

 そんなものは一切口にしなかった。


 だが、青年は答えを導き出せた。

 自分が何のために働き、何を運んでいるのか。


 亡くなった冒険者を地上へ送り届ける葬儀屋の仕事は、ダンジョンに関わる数多くの雑多な職業の内の一つに過ぎない。

 彼にとってこの仕事が特別なものになったのは、ひとえに師匠の見せてくれた景色があったからだ。


 人が死とどう向き合い、どう受け入れていくのか。

 自分の目で多くの別れを見守ってきた青年にとって、この答えを導き出せたのは必然と言えよう。


 彼が運んでいるのはまさしく“心”であったのだ。


「くくく……ふふっ……あーっはっは!」


 その答えを聞いて、ギルバードは笑い出した。

 なにがおかしいのか腹を抱えて笑っている。


「人の心かー! ひー-ひっひ!

 これは一本取られたぞ!

 そうか! 心か……くくく……ぷっ!

 うひゃひゃひゃひゃ」

「あの……何がおかしいんですか?

 全然、笑えないんですけど」


 少女が真顔で言う。


「いや、なに。

 まったく予想しなかった言葉だったものでな。

 いやはや、大いに笑わせてもらった。

 魔王様の前で同じことを言えば大うけだぞ」

「人の心を失ってしまったんですね。

 かわいそうに」

「……なんだと?」


 ギルバードは急に不機嫌そうな表情になった。

 口元をヒクヒクと動かしている。


「いえ、あまりに惨めだなって。

 あの言葉で笑っちゃうなんて、

 人の心を失ったからとしか思えなくて。

 かわいそう」

「余をさげすむな、小娘」

「アナタだってクソガキじゃないですか。

 私とそう年だって変わらないし。

 かわいそう」

「……死ね」


 瞬間、礼拝堂の空気が変わる。

 全身に刺すような悪寒が走り、肌が悲鳴を上げる。


 ギルバードは先ほどまでとは別人のよう。

 殺気を放つ眼光は赤く輝いていた。


「彼女に触るな、殺すぞ」


 青年も黙ってはいなかった。

 鎌鼬から預かった短剣を引き抜き、その切っ先をギルバードへと向ける。


 何かあれば敵の喉笛を切り裂く覚悟を決めた。


 しばしにらみ合った後、ギルバードは殺意を消して臨戦態勢を解く。


「やめだ、やめ。

 貴様とここで戦っても割に合わぬ。

 頼むから今日の所は見逃してくれ。

 悪かった、この通りだ」


 ギルバードは軽く頭を下げた。

 青年も警戒を解いて短刀を鞘に納める。


「余は本国から迎えが来たら大人しく帰る。

 そっちの方が貴様らにとっても都合がいいだろう」

「不都合な事実を知った僕たちを消すつもりは?」

「ない、そのメリットがないのでな。

 どのみち貴様らの話など誰も信じぬ」


 ギルバードは肩をすくめる。


「それはそうと、貴様のことは魔王様に報告しておくぞ。

 余の勘が正しければ……だが。

 貴様には勇者の血が流れているな?」

「……そうだ」


 青年は隠さなかった。

 嘘をついても見抜かれると思ったからだ。


「差し支えなければ、名前を教えて欲しい。

 報告する時に名称が分かっていた方が楽なのでな」

「いや、教えるはずないでしょ!

 バカですか?! アホですか?!」


 少女が文句を言う。

 常識的に考えて、名乗るはずもない。


 そう、常識的に考えれば……の話だが。

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