第47話 自由になるために

「ほんもの……ですか?」


 少女がギルバードに尋ねる。


「ああ、余の影武者としてではなく。

 自分自身の名を世間に知って欲しいと願っていた。

 だからその機会を与えてやったのだ。

 余の代わりに魔物を討伐せよと」

「それはちょっと、かわいそうじゃないですか?」

「かわいそう? ククク……確かにな。

 かわいそうかもしれぬ……ククク」


 少女の言葉を聞いて笑うギルバード。

 いったいなにがそんなに面白いのか。


「どうして死体のふりをしたんですか?」


 少女は続けて質問する。


「地上へ出るには死体のふりをするのが一番だった。

 ダンジョンの外では監視役が目を光らせていたからなぁ。

 余が影武者と入れ替わって外へ出れば欺くことも可能。

 入れ替わりを知っているのもそ奴だけだった」

「へぇ……じゃぁ、お付きの人たちって……」

「うむ、余の顔も知らぬ下級騎士たちだ。

 奴らも余計なことをしてくれた。

 影武者の亡骸に結界をはるなど……」


 影武者の遺体を結界で守ったのは下級騎士たちだった。

 彼らも彼らで最後まで忠義を尽くそうとしたのだろう。


 こんな人の命をなんとも思わないクズのために。


「じゃぁ、どうやって死体の“ふり”を?」

「仮死状態になる薬を飲んだのだ。

 簡単に手に入ったぞ」

「あっ、不眠症さんが言ってたやつだ。

 じゃぁ解毒の魔法が効かなかったのも……」

「仮死状態を解毒魔法で解くことはできぬ。

 貴様にもいらぬ苦労をかけてしまったな」


 先ほどから少女は遠慮なく質問を続けている。

 怖いもの知らずとは、まさにこのこと。


「それで……これからどうするつもりですか?

 隣国から迎えが来たらそのまま帰るつもりですか?」


 青年はギルバードを睨みつけて尋ねる。


 大勢の命を奪っておきながら、目の前の男は悠々と自国へ帰還するのだ。

 なんの責任も取らずに。


「ふむ、今回はそうする他あるまい。

 まぁ……帰ったところで、余の目的は変わらんが。

 今回は失敗したが、次はきっとうまくいく」

「そう確信できるのは、魔族から協力を得たからですね?」


 青年はアンデッド属性付与の効果がある二つのペンダントを差し出した。


「これは魔王の支配下にある領域で作られるものです。

 人間の世界で簡単に手に入る物じゃない。

 アナタはこれをハンスさんに渡して、

 死体が地上へ持ち帰られるのを阻止するように命じた。

 違いますか?」

「そうだ」

「ヒリムヒルさんはアナタから盗んだと言っていました。

 これも事実ですか?」

「誰が盗んだのか分からなかったが――

 まさか、あの吟遊詩人だったとはな。

 ……とことん余をこけにして!

 いつか必ず殺してやる!」


 ギルバードはそう言って歯を食いしばる。


 ずっと涼しい顔をしていたが、ようやく表情が変わった。

 感情を失ってしまったわけではないらしい。


「他にまだ聞きたいことはあるか?

 なんでも答えてやるぞ」

「王太子であるアナタが、魔族から協力を得て、

 いったい何を始めようとしているのですか?」


 青年が尋ねると、ギルバードは口端を釣り上げて答える。


「知れたこと、復讐だ」

「復讐?」

「余に苦痛を味あわせた王族諸侯ども。

 そして死ぬことを許さぬ父上。

 奴らを一人残らず殺しつくす。

 それが余の望みだ。

 魔王様も協力してくれると言って、

 死体かつぎを召喚してくださったのだ」

「やはり……」


 死体かつぎはギルバードの死を偽装するためだけに召喚されたのだ。

 ある程度予想していたが、まさか魔王が直接協力しているとまでは思っていなかった。


「どうして……魔王が……」

「それは余にも分からぬ。

 ある日、夢の中に現れて下さってな。

 余を救って下さると言うのだ。

 その手を取るのに迷いはなかった」


 ぼんやりとした表情で言葉を紡ぐギルバード。


 この男を放っておいたら、また新たな犠牲者がでる。

 魔王の元へ帰してはならない。


 青年は強くそう感じた。


「余の肉体は人間のままだが、

 いつか魔王様の血を分けてもらい眷属となる。

 そして自由になるのだ」

「お前の下らないお遊びに付き合わされて、

 いったい何人、死んだと思ってるんだ!」

「そう怒るな、死体運び。

 余も申し訳なく思っている。

 だが、仕方がなかったのだ。

 余が自由になるために」


 ギルバードは何のためらいもなく言ってのける。

 彼にとって他人の命など、道具でしかないのだろう。


 何度も、何度も、強制的に蘇生させられた彼にとって、命の価値は羽毛のように軽い。


「死体運びよ、貴様は何も知らぬのだ。

 この世界は欺瞞と謀略にまみれている。

 世界を正すにはいっそ全てを焼くしかない。

 なぁ……分かってくれよ、死体運び」

「黙れ……!

 僕が運んでいるのは死体なんかじゃない!」

「ふふっ」


 青年の言葉に失笑するギルバード。


「では問おう。

 貴様は死体ではなく、何を運んでいると?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る