第46話 許されぬ死

 祭壇の前には棺桶が一つ。

 そこには青年が運んだあの遺体が安置されている。


「…………」


 無言で棺桶の前まで歩み寄る青年。

 少女と神父も彼の後に続く。


「起きてください、目を覚ましているのでしょう?」


 青年が呼びかけると、ゆっくりと棺が開いた。


「ふぅ……やれやれ。

 どうやら正体を見抜かれてしまったようだな。

 ええっと、君は確か――」

「先日、アナタを運んだ者です」

「ああ、あの時は世話になったね。

 礼を言うよ。

 ありがとう」


 身体を起こしたその人物は、気だるげに青年を一瞥する。


 彼は棺から身を乗り出して床へ降り立ち、ゆっくりと背伸びをする。

 ずっと眠っていたので身体がなまっているのだろう。


 仮面を外したその人物の顔立ちは、ギルバードの影武者とよく似ている。

 青年も最初に彼を見た時、見間違えそうになったほどだ。


 つまり彼こそが――


「アナタがギルバード王太子ですね?」

「ああ、その通りだ。

 まったくもって余計なことをしてくれた。

 余の企みを見事に粉砕してしまったのだから」


 そう言ってニヤニヤと笑みを浮かべるギルバード。


「アナタがハンスさんに依頼して、

 この影武者の人を殺害したんですね?

 毒入りのクッキーを食べさせて」

「そのようにせよと命じたわけではないのだが……。

 まぁ、そう言うことになるな。

 確かに指示を出したのは余だ。

 無論、その男を死なせるだけでなく、

 真実を知る者も全てを殺害するように命じた」


 悪びれもなく自らの罪を告白するギルバード。

 さすがの青年も不快感を隠せない。


「どうしてそんなことを?

 この人がアナタに何をしたというんですか?」

「別に、なにも」


 ギルバードは無表情で答える。


「ただ余は、自由になりたかった。

 余がダンジョンで討ち死にしたと知れ渡れば、

 父上も諦めてくれると思ってな」

「あきらめる?」

「ああ……余の命を、だ」


 ギルバードは自分の胸に手を当てる。


「余は、死ぬことを許されておらぬ。

 たとえ毒を盛られようと、寝込みを襲われようと、

 何度でも蘇らせられた。

 父上の命令によって」


 死者を蘇らせる魔法。

 あまりに膨大な費用が掛かるために、選ばれた者だけがその魔法で命を長らえることができる。


 王太子であるギルバードもまた、その魔法によって蘇っていたのだ。

 それも一度ではなく、何度も。


「いい加減、殺され続ける人生に飽きてしまってなぁ。

 影武者と入れ替わってダンジョンの奥深くで死なせ、

 余が死んだことにしようと思ったのだ。

 死体かつぎが現れたのであれば、

 遺体の所在が分からなくとも諦めがつくであろう」

「そんな……そんな理由でこの人を?

 彼は忠実にあなたに尽くしていたはずでしょう?

 それなのに……何故!」


 尋ねずにはいられなかった。


 ギルバードの影武者は、見ず知らずの青年に手を差し伸べるほど、優しい心根の持ち主だ。

 そんな彼があるじの不評を買うような真似をするとは思えない。


「ああ……最後の最後まで余を疑わず、

 忠義を尽くしてくれた。

 大儀であった」

「このっ……!」


 あまりに横暴な態度に怒りを覚える青年。

 しかし、彼の感情を逆なでる言動は、これに留まらない。


「そ奴は“本物”になりたがっていたのだ。

 偽物である影武者のくせに、身の程知らずな」


 ギルバードは嘲笑の笑みを浮かべる。

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