第50話 それから

 それから、事態の収拾に一同は奔走した。


 本国から迎えが来るまでギルバードの動向を監視しつつ、ハンスの企てについての証拠集めを行う。

 何を言っても黙殺されると分かっていたが、国王が派遣した調査隊には事実を伝えなければならない。


 隣国との戦争は回避できたものの、事件についての詳細を報告しなければ、調査隊も納得しないだろう。


 ギルバードの迎えは一同が帰還した翌日には街へ来ていた。

 王太子を連れて帰るだけでなく、ハンスとザリヅェの身柄をよこせと一方的に要求してくる。


 領主が不在だったため神父が対応したのだが、彼には決定権がなく、調査隊もまだ到着していない。

 どうすべきかと一同が頭を悩ませているところで、隣国から騎士団が到着。

 引き渡さなければ強硬手段に打って出ると言い出したので、従わざるを得なかった。


 ちなみに……ザリヅェだが。

 彼は意識を取り戻して順調に回復している。

 すでに身体を自由に動かせるまでになった。


 彼は事件のことは何も知らず、ハンスから毒入りのクッキーを受け取っただけ。

 殺されそうになった時も犯人の顔を見ていないと言う。


 九死に一生を得た彼だが、隣国へ引き渡されることを知って大いに嘆いていた。

 が……同情する者はほとんどいない。


 クイムとリリアだけが少しだけ可哀そうだと思ったくらいだ。

 本当に少しだけ……だが。


「世話になった。

 今回の件での貴君らの働きに敬意を表する。

 大儀であった」


 見送りのために集合した一同に対して、ギルバードは簡単にそれだけ言って馬車へと乗り込んだ。

 そのまま騎士たちに護衛されながら街を後にする。


 彼は滞在している間、大人しくしていた。

 わがままを言うこともなく、騒ぎを起こすこともなく、部屋から一歩も出ずに。

 あまりに大人しかったのでかえって不気味なほどであった。


 何も問題を起こさず、あっさりと去ってしまったため、一同は肩透かしを食らった気分だった。


「ふぅ……怖かったぁ」


 ヒリムヒルの足がガクガクと震えている。

 一番ギルバードを恐れていたのは彼だった。


「死刑になるかと思ったぁ!

 ならなくてよかったぁ!」

「そんなメンタルでよく盗みなんてできたなぁ。

 逆に尊敬するよ、俺は」


 震えるヒリムヒルの肩に手を置いて不眠症が言う。


「なぁ……葬儀屋。

 報酬ってもう支払われてるのか?」

「ええ、ギルバードはギルドに支払ったと言っていました。

 ギルド長が不在なので僕たちで配分を決めないといけませんね」


 クイムは肩をすくめる。


「酒場のツケはそこから落としてもらうぞ!

 吾輩は一銭たりとも払わんからな!」


 表情を一変させるヒリムヒル。

 彼が冒険者たちにふるまった酒の代金は未払いのままだ。


「それは構いませんが……。

 皆さんの取り分はどうしますか?

 平等に分けるのが一番だと思うんですけど……」

「俺はそれでいいぞ。

 なぁ、鎌鼬」

「うん。問題ない」

「吾輩も構わん」

「私も大丈夫です!」


 報酬の分け前については問題ないようだ。


「てか、葬儀屋はそれでいいのかよ。

 一番活躍したのはお前なんだから、

 多めに貰ってもいいと思うんだよな」


 不眠症が言う。


「いえ……僕なんて大したことしてないですし……」

「いやいやいや。

 なに言ってんのお前。

 さすがにあれだけ活躍しといて、

 それはないわ」


 呆れ気味に不眠症が言う。


 不眠症と鎌鼬、そしてヒリムヒルの三人は、死体かつぎとの戦いを目撃した。

 しかし、彼らはまだクイムが勇者の血筋であることに気づいていない。

 ただとても強い男だと認識しているだけである。


 気づかれるのも時間の問題かもしれないが……。


「いやぁ……でも……」

「まぁ、お前がそれでいいって言うんなら、

 別に構わねぇけどよぉ……」

「そんなことより、神父さん」

「うん? わしに用か?」


 急に話を振られ、面倒くさそうに返事をする神父。


 彼は全く戦いに参加していないが、分け前が貰えることになっていた。

 面倒ごとを全て引き受けてくれたのも彼だったからだ。


「ご遺体のことなんですけど……」

「ああもぅ、またその話か!

 分かっておる!

 必ず隣国の遺族と連絡を取ってお返しする!

 必ずだ、必ず!」

「よかった……」


 クイムにとって最も気がかりだったのは、影武者だった彼が故郷に戻れるかどうかだった。

 ここ数日、ずっと頭を悩ませていたのだ。


「本当に優しい人ですね、クイムさん。

 ますます好きになっちゃいました!」


 リリアが腕に抱き着きながら言う。

 

「みんなの前でやめてよ……」

「別にいいじゃないですかぁ」

「けっ、イチャイチャしやがって」

「死ね」

「下品だぞ、少年」

「色気づきおって、まったく……」


 一同からひんしゅくを買う。

 クイムは心の底から勘弁してほしいと願った。


「そう言えば、ザリヅェさんとハンスさんの二人は、

 これからどうなるんですか?」


 少女が質問する。


「隣国へ移送されることになってるよ。

 ほら、あの馬車に乗せられるみたい」


 ギルバードが去ったあと、別の馬車が入れ替わるようにして到着。

 冒険者ギルドの前に停まる。


 鉄格子のついた荷台から屈強な男たちが降りて来た。

 彼らが二人を移送する監視役だろう。


「放せよ! 放せ!」


 手枷をされ、鎖でつながれたザリヅェが役人に連れられて出て来た。


 彼は王太子暗殺未遂事件の一味として連行され、隣国で裁かれることとなった。

 自分は無関係だと主張したらしいが、誰も話を聞き入れなかったという。


 その後ろから、ぼんやりと生気のこもっていない表情をしたハンスがとぼとぼと歩いて来た。

 彼は事件の後、まともに口を利いていない。

 正気を失ってしまったようだ。


「さっさと来い!」

「嫌だぁ! 助けてくれぇ!

 あっ! 葬儀屋ぁ!

 お前からも何とか言ってくれよ!

 俺は無実だ!

 お前なら分かるだろ!」


 クイムの姿を認めたザリヅェは必死に助けを求める。

 あまりに不憫で思わず視線を逸らしてしまった。


「さすがに可愛そうだなぁ、ザリヅェのやつ。

 良くて縛り首。

 悪くて拷問の末に市中引き回しからの打ち首。

 せめて安らかに逝って欲しいぜ」

「自業自得」


 不眠症と鎌鼬の二人もザリヅェを嫌っていたようだ。

 助けようともしない。


「ザリヅェさん、死刑になっちゃうんですか?」

「まぁ……多分ね。

 暗殺者の一味ってことになってるし」

「ちょっと……可哀そうです」


 しょんぼりするリリア。

 ザリヅェに同情しているのだろう。


 しかし、その少し後。

 彼女の同情心は消し飛ぶことになる。


「きゃああああああ!」

「こいつの命が欲しかったら馬を用意しろ!」


 リリアはザリヅェによって人質に取られてしまったのだ。

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