第51話 もう迷わない
ザリヅェが馬車に乗せられそうになった時に、後ろを歩いていたハンスが暴れ出した。
監視役たちがハンスを取り押さえている隙にザリヅェは逃走。
近くにいた兵士から剣を奪い取り、リリアを人質にとった。
他の者たちはギルドの中で手続きをしており、彼女は一人外で待っていた。
騒ぎを聞きつけてクイムたちが外へ出ると、ザリヅェに背後から組み付かれ、人質に取られたリリアの姿があった。
「やれやれ、またか」
クイムは頭を抱えた。
こう何度も同じように危険な目に合っていたら、命がいくつあっても足りやしない。
やはり彼女は冒険者には向かないと思う。
それにしてもザリヅェの恩知らずぶりには呆れてしまう。
命の恩人に対する仕打ちがそれなのか?
「早くしろぉ!
こいつの命がどうなっても構わないのか!」
興奮したザリヅェは目を血走らせて叫ぶ。
説得には応じそうにない。
連れていかれれば死刑になることは間違いないので、彼も必死なのだ。
喉元に刃を突きつけられたリリアは不安そうにしながら、じーっとクイムを見つめている。
助けて欲しいと訴えているよりも……これから彼が何をするのか心配しているようだ。
「おいおいどうすんだよ!
リリアちゃん殺されちゃうぞ!」
不眠症がクイムの肩をゆする。
ダンジョンの中でも思ったが、彼はこういう予想外のトラブルに弱い。
何かあるごとに動揺してしまう。
もう少しちゃんとして欲しいものだ。
「大丈夫ですよ、なんとかします」
クイムは落ち着いていた。
ここで慌てても仕方がないのだ。
彼はゆっくりとザリヅェの方へ近づいて行く。
一歩、一歩、少しずつ距離を詰める。
「……え? あっ、え?」
リリアは混乱していた。
ここでハンスにしたように、ザリヅェの腕を引きちぎって撃退するのだと思ったのだろう。
そんなことをすれば、クイムの正体が皆に知れてしまう。
周囲に集まって来た野次馬たちも事件を目撃することになるだろう。
そして、化け物だと罵るのだ。
「おい! それ以上、近づくんじゃねぇ!」
興奮したザリヅェが叫ぶ。
周囲に野次馬が集まって来た。
何事かとあたりは騒然となる。
ハンスにしたのと同じようにすれば、仲間たちはもちろん、役人も民衆もクイムの異常性に気づく。
もしそんなことになったら、たちまち化け物扱いである。
青年は深く息を吐く。
大丈夫だ、集中しろ。
この距離なら……いける。
「おい! とまれ! 殺すぞ!」
ザリヅェは手を震わせながら叫ぶ。
少しでも手元が狂えばリリアの喉を引き裂いてしまう。
ハンスにしたように、一瞬で距離を詰めてしまえば、簡単に倒せるはずだ。
だが……その倒し方が問題である。
まさか公衆の面前で腕を引きちぎるわけにもいかない。
では、どうすればいいのか……。
よし、行こう。
クイムは意を決して足を踏みしめた。
瞬時に加速して距離を詰める。
ザリヅェが気づいたころには、すでにゼロ距離まで肉薄していた。
そして――
「ぐがっ!」
ザリヅェを一撃で撃破。
彼はリリアから手を放してのけぞり、そのまま仰向けに倒れた。
「今だ! 捕まえろ!」
役人たちが一斉に駆け寄ってザリヅェの身柄を確保する。
解放されたリリアはクイムの腕の中へと飛び込んだ。
「うわああああん! 怖かったよぉ!」
「大げさだなぁ。
僕が助けるって分かってたでしょ?」
「でっ……でも……ハンスさんみたいに……」
「そうならなかったでしょ。
ほら、見てごらん」
そう言ってクイムは倒れているザリヅェを指さした。
彼はどこも欠損しておらず、出血すらしていない。
おでこが少しだけ赤くなっているだけである。
「え? どうして?」
「額にデコピンをお見舞いしたんだよ。
周りの人からは何が起こったのか分からないと思うけど」
そう言ってクイムは右手で人差し指をはじいてみせる。
事件の後、クイムは力加減ができるように練習をした。
と言っても特別な訓練などはしていない。
物を殴って自分の力がどれほどの威力なのか試しただけだ。
今まで戦うことを避けていたクイムは、ここにきて力をコントロールする重要さを知った。
有事の際には勇者の力を解放する必要に迫られる。
今までずっと一人で仕事をしていたので、その必要は無いと思っていた。
だが……今は違う。
守るべき存在と巡り会えた。
だから……これからは勇者の力に頼ろうと思った。
大切な人を守るために、自分と向き合う決心をしたのである。
「もう無茶苦茶な戦い方はしない。
これからはできる限り力をセーブして戦う。
君を守るためにね」
「ありがとうございます……」
潤んだ瞳でクイムを見上げるリリア。
僕は大丈夫。
父親のように暴走して大切な人を傷つけたりしない。
一人じゃないんだから。
クイムはもう迷わなかった。
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