第52話 これからのこと

 数日後。

 影武者の遺体を引き取りたいと連絡があった。


 神父の元を身内の者が訪れたそうだ。


 影武者の名前はジークと言う。

 彼は古くから王族に仕える騎士の家系の者で、顔立ちが似ていることから影武者に抜擢されたそうだ。


 遺体を引き取りに来た者たちは代金としてそれなりの金額を神父に渡して、早々に本国へと帰って行った。

 クイムは立ち会わなかったものの、遺族の者が感謝していたと神父から聞かされた。


『ありがとう』


 そう、何度も言っていたそうだ。


 その事実を知っただけで、十分だった。

 役目を全うして本当に良かったと思った。


「それで……これからどうするんですか?」


 リリアが尋ねてくる。


 二人はクイムが住んでいた小屋で数日間共に過ごした。

 特に何かあったわけではないが、彼女とお喋りをしているだけで楽しいと思える。

 何でもない日常がとても輝いていた。


 リリアの言葉を聞いてクイムは、これからのことを話していなかったなと、今更になって気づく。


「街を出ようと思う。

 ここにいたら皆に迷惑がかかるかもしれないし」


 クイムが勇者の血を引いていると、ギルバードに知られてしまった。

 彼を通じて魔王にも情報が伝わるだろう。


 もしかしたら、クイムを倒すための刺客が送られてくるかもしれない。

 戦いになれば街の人たちを巻き込んでしまう。


 そうなる前に姿をくらませてしまった方がいい。

 誰にも迷惑はかからないし。


「じゃぁ、私も一緒に行きますね!」


 リリアはニコリとほほ笑んで言った。


 彼女が旅について来ると言うのは予想していた。

 断る理由もないし、一緒に連れて行っても問題はないだろう。


 どんな恐ろしい敵が現れたとしても、どんな苦境に見舞われたとしても、リリアなら最後まで一緒について来てくれるはず。

 クイムは彼女に絶大な信頼を寄せている。


 今思うと、リリアとの邂逅かいこうは運命だったのかもしれない。


 最初の出会いは本当にただの偶然だったが、どこか必然性のようなものを感じてしまう。

 きっと運命の女神さまがめぐり合わせて下さったのだろう。


 クイムはそう思うことにした。


「うん……よろしく頼むよ」

「はい!」


 ベッドに端に隣り合わせに座りながら、二人は握手を交わす。


 なんだかんだ言って仲良くなれたのだが……いまだに男女の関係にはなっていない。

 キスをちょっとするくらいだ。


「で……どこに行くんです?」

「さぁ、全く決めてないよ。

 でもやっぱり……ダンジョンで仕事するかなぁ」

「あっ、やっぱりそうなるんですね」


 クイムは今の仕事を続けるつもりだ。


 遺体を回収して待っている人たちの元へ送り届ける。

 この世にダンジョンがある限り、その中で命を落とす者は必ずいる。

 だから……少なくともこの仕事がなくなることはない。


 それに、師匠に教えてもらったことを無駄にしたくなかった。

 この仕事の為に一生を捧げるつもりでいる。


 それが死んでしまった師匠にできる、せめてもの手向け。

 自分にできる精一杯の弔いなのだ。


「君はどうするの?」

「え? 私も一緒にダンジョンに入りますよ。

 だって仲間じゃないですか」

「そっか……ふぅん」

「え? 何ですかその反応⁉」


 彼女が一緒にいたらやりにくいなぁと、クイムは頭を抱えたくなった。


 リリアほどの魔法の使い手なら、別にダンジョンに潜らなくても十分稼げる。

 できれば安全な場所で帰りを待っていて欲しいのだが……そう言っても聞かないだろう。


「いや……魔法が活躍するのは別にダンジョンの中だけじゃないよなぁって思って」

「でも! でもでも!

 私は葬儀屋さんと一緒にいたいんです!

 ダメですか⁉」

「ダメじゃないけど……」


 リリアと一緒に旅をするのであれば、ダンジョンの中でも彼女の面倒を見なければなるまい。

 クイムは腹をくくった。


「分かったよ……僕たちはいつも一緒だ」

「わーい! 約束ですよ!」


 両手を上げて喜ぶリリア。

 子供っぽい彼女の仕草を見ていると、少しだけ恥ずかしい気持ちになる。


 もう少し大人になってくれたらいいな。

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