第53話 ここにいる

 翌日。


 二人は簡単に身支度を整え、さっそく出発することにした。

 誰かに挨拶をすることもなく、静かに旅立つと決めたのだ。


「この小屋ともお別れですね」

「……うん」


 青年が過ごした森の中の小屋。

 訪れるのは神父くらいだった。


 友人と呼べる者はいなかった。

 いつも一人で仕事をしていた。


 死体を扱う職業は人々から嫌悪の対象となることがある。

 青年はそれをよく分かっていたので、できるだけ周囲との関係を良好なものにしようと努力を続けた。


 いつしか、笑顔以外の表情を忘れ、いつもニコニコと笑顔を浮かべて人と接するようになった。

 笑顔以外の表情を忘れてしまうほどに。


 本当にこのままでいいのかと、疑問に思うこともあった。

 誰にも看取られることなく孤独に死んでいく自分の姿を想像すると、恐怖で身体が震えた。


 それでも……この仕事を辞めようとは思わなかった。

 孤独が己の運命なら受け入れるつもりだった。


 しかし、今はこうして一緒にいてくれる人がいる。

 リリアが傍にいてくれるのであれば、もう何も望まなくていい。


 僕は一人じゃない。


「少し寂しい気もするけど……平気だよ。

 君がいるからね」

「えへへ……ありがとうございます」


 照れくさそうに頭を書くリリア。

 彼女と共に生きられることを光栄に思う。


「これで私たちも今日から立派な冒険者ですね!」

「うっ……うん、そうだね」

「え? あんまり嬉しくないですか?」

「そういうわけじゃ……」


 一人でテンションを上げているリリアに、クイムは気後れしてしまう。

 楽しいことばかりの旅になるとは思っていない。


「あのさ……君を育ててくれた冒険者さんたちって。

 いっつも楽しそうにしてた?

 辛いこともあったんじゃないの?」

「まぁ……確かにそうですね。

 セトさんって言う人がいましてね。

 ダンジョンの中で死んじゃったんですよ。

 その時にたしか……」

「うん? セト?」


 青年はその名前をどこかで聞いたような気がした。


「あ? セトさんのこと知ってます?」

「いやぁ……思い出せないなぁ」

「そうですかぁ。

 じゃぁ、あの時に会ったのはやっぱり違う人かな?」

「え?」

「ううん、なんでもないです」


 リリアは笑顔で言う。


 クイムは結局、その名前の人物が誰なのか思い出せなかった。


 別に構わないだろう。

 困るわけじゃないし。


「じゃぁ、そろそろ行こ――」

「おおい! 葬儀屋ぁ!」


 不眠症の声が聞こえる。


 遠くから彼が駆け寄ってくる姿が見えた。

 後ろには鎌鼬もいる。


「え? どうしたんですか?」

「お前、旅に出るつもりだろ⁉」

「なんで分かったんですか?」

「神父の野郎が教えてくれたんだよ」

「え⁉ あの人が⁉」


 神父には何も言っていなかったはずだが、どうして知っていたのだろうか。

 クイムには思い当たる節がなかった。


 情報源となったのはおそらく……。


「ねぇ……リリア。

 神父さんに何か話した?」

「え⁉ しっ、知らないですねぇ」


 顔を反らして吹けない口笛を吹くリリア。

 間違いなく彼女が情報を漏らしたのだ。


「それで、不眠症さんと鎌鼬さんはどうして?

 見送りに来てくれたんですか?」

「神父のおっさんに頼まれたんだよ。

 あいつを一人で行かせるなって。

 俺たちも一緒に行くぜ」

「え⁉」


 あまりに意外な申し出だった。


 不眠症も、鎌鼬も、旅に出る理由がない。

 今のままでも十分に稼げているはずだ。


 それなのにどうして……。


「ちょうどいい機会だって思ったんだよ。

 俺も色んな土地で商売をして、

 もっとビッグになろうと思ってさぁ」

「嘘だぞ。神父から金を貰った」

「ばかっ! なんでばらすんだよ!」

「え……それ本当ですか?!」


 鎌鼬の言葉にぎょっとするクイム。


「本当。俺も貰った」

「なんで⁉」

「お前が心配……らしい。

 いつか帰って来いって言ってた」

「そんな……」


 クイムは素直に信じられなかった。

 てっきり、神父は自分のことを金ずるとしか思っていないものかと……。


「まぁ、動機はあれだけどよ。

 一緒に行っても悪いことは無いと思うんだ。

 別に構わないだろ?」

「ええ……まぁ。

 不眠症さんも、鎌鼬さんも頼りになりますし。

 でも……本当にいいんですか?

 危険な旅になると思いますよ」


 青年がそう言うと二人はにんまりとほほ笑む。


「稼げる仕事には危険がつきものだろ!」

「承知の上」

「二人とも……ありがとうございます!」


 不眠症も鎌鼬も、旅の仲間としては申し分ないほどの実力者だ。

 一緒について来てくれるとしたら頼もしい。


「あーあ。せっかく二人っきりの旅になると思ったのにー」


 リリアが不満そうにしているが、別に構わないだろう。

 本気で嫌がっているようにも見えない。


「おおいっ! 諸君! 待ってくれー!」


 遅れてヒリムヒルが姿を現した。

 彼は馬車を走らせている。


「え? ヒリムヒルさん⁉

 まさか……」

「そのまさかだ!

 吾輩も共に連れて行ってくれ!

 もちろんタダでとは言わん。

 この馬車を足として提供しよう。

 もちろん御者は吾輩が務める!」


 そう言って自分の胸をドンと叩くヒリムヒル。

 彼が同行を申し出た理由は間違いなく――


「おっさん、アンタ一人だと危ないから、

 一緒行って守ってもらおうって魂胆だろ!」

「ぎくっ! いや、そんなことはないぞ!」


 不眠症の言葉に動揺して答えるヒリムヒル。

 どうやら図星らしい。


「正直に言えって。

 ギルバードさまに目を付けられて、

 これからどうなるか分からないから、

 とっても強いクイム君に守ってもらいたいって」

「うるさい! 黙れ!

 吾輩はこう見えてそこそこ強いのだぞ!

 貴様らもそれは承知のはずだ!」


 不眠症の言葉に、顔を真っ赤にして起こるヒリムヒル。

 なんだかんだ言って良い人だと思う。


「じゃぁ、俺たちもご厚意に甘えさせてもらいますかね」

「いい馬車。よくやった」

「おい! なんでお前たちが先に乗る!

 最初に乗るのは我があるじのクイム殿だ!」

「なんで葬儀屋がテメーのあるじなんだよ!」

「ボケカスクズ」


 文句を言いながら馬車に乗り込む二人。


「さぁ、僕らも乗ろうか!」

「はい!」


 クイムは先に乗り込んで手を差し伸べる。

 リリアは彼の手を取ると、力強く握り返した。


「よーし! 全員乗ったな!

 栄光の未来へ向けて出発だぁ!」

「いいから早くしろよ、おっさん」

「早くしろ」

「うるさあああああああい!」


 わちゃわちゃしたやり取りをして中々出発しない。

 こういうやりとりがずっと続くかと思うと、クイムはとっても嬉しくなる。


 今まではずっと一人だった。

 でも、これからは違う。


「沢山の仲間がいて、楽しいですね」

「うん……そうだね」


 リリアの言葉に頷いて答える。


 これからはもう一人ではない。

 仲間たちと共に冒険の日々を過ごすのだ。


 ふと、師匠のことを思いだした。


 お師匠様。

 アナタもきっと寂しかったのですね。

 だから僕を助けてくれた。


 こうして沢山の仲間と巡り会えたのも、アナタのお陰です。


 どこにいても、どこへいっても。

 僕の心はアナタと共にあります。


 まだ幼さが抜けきっていない一人の青年は師匠に言葉を送った。

 心の声が届くかどうか分からないけど、あの人はずっとそばにいてくれるはずだ。


 胸の上にそっと手をのせて呟く。


「ここにいる」


 クイムを一人前の葬儀屋として育て上げた一人の老人は、彼の心の中でずっと生き続けるのだ。


「あの……どうかしたんですか?」

「いや、別に。なんでもないよ」


 リリアの顔を見つめていたら、彼女は不思議そうに首を傾げた。


 もし許されるのなら、彼女と家族になりたい。

 どこかで静かに暮らして暖かい家庭を築きたい。


 この旅の目的は、幸せになることだ。


 魔王の手から逃れたら、静かに暮らそう。

 リリアと二人で安住の地を見つけるのだ。


 いつか必ず。

 この物語がハッピーエンドを迎えたのなら。










 この世界にはダンジョンというモノが存在する。


 人間たちと敵対する魔の者たち。

 それらを統べる魔王。


 魔王が人間の住む領域にダンジョンを芽吹かせると、大量のモンスターが発生する。


 ダンジョンから這い出たモンスターは村や町を襲い被害をもたらすが、悪い影響ばかりではない。

 多くの冒険者と少数の勇者が果敢に戦い、数々の伝説が生まれるのだ。


 人々は勇敢に戦った者たちを英雄として称え、その物語は何世代にもわたって語り継がれる。

 伝説を作るのはいつだって物語の英雄となるべき選ばれし者たち。


 しかし、勇敢に戦う者たちを陰から支える人々の働きぶりは、あまり知られていない。

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ダンジョンおくりびと たらこくちびる毛 @tarakokutibiruge8

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