第4話 偉大なる力

 青年は勇者の家系に生まれた。


 勇者は特別な力を持った選ばれし人種。

 彼らは魔の者と戦い、人々の希望となるべき存在。

 困難な戦いに参加して勝利をもたらす。


 青年の父親も勇者だった。


 父は数多くの戦いで武勲を立てて、多くの人々を救った。

 しかし――偉大なる力は、時として人に牙をむくこともある。


 父は度重なる戦いの末に精神を病んでしまい、正常な判断ができなくなっていた。常に誰かから見張られているような妄想に囚われ、部屋に閉じこもって暮らしていた。


 ある日、部屋を飛び出した父は狂気に染まった顔でこう言った。


『お前たちか! 俺を殺そうとするのは!』


 いったい何のことかと顔をしかめる母だったが、その表情は苦悶と恐怖に染まる。

 父は子供たちの目の前で彼女を殺めた。

 道具はなにも使わず、両手で肉を引きちぎり、瞬く間に肉塊へと変えてしまったのだ。


 それからは地獄だった。

 兄弟姉妹は悲鳴を上げて屋敷の中を逃げ惑い、使用人ともども皆殺しにされた。


 あるものは喉元をかみちぎられ。

 あるものは頭をねじ切られ。

 あるものは内臓を引きずり出され。


 次々と家族が殺されていくなか、青年はタンスに隠れて全てが終わるのを待った。

 幸い彼に魔の手が及ぶことはなく、惨劇は幕を閉じる。


 ただ一人生き残った彼は、屍ばかりが残された館をうろつく。


 そこで……大好きだった母の亡骸を見つけた。

 ボロボロになって原型をとどめていなかったそれは、今朝まで優しく微笑んでいた大好きだった人。

 母の名前を呼びながらさめざめと泣きわめく。しばらく泣きはらしたあと、2度と彼女が元には戻らないと悟る。


 そして……忌まわしき惨劇の元となった恐るべき力。

 勇者の血が自分にも流れていると気づいた。


 もし、誰かに暴力を振るえば、父のようになってしまうだろう。

 だから――






「はーっはっは!

 やられてばっかりか⁉

 少しは戦えよ、この豚野郎!」


 ザリヅェの攻撃をよけ続けていた青年だったが、他の仲間に身体をつかまれて身動きが取れなくなってしまった。

 両脇を抱えられ防御態勢も取れず、ザリヅェから何度も腹部を殴られる。


 たとえ勇者の血が流れていようとも苦痛は感じる。

 お願いだからやめて欲しいと願いつつ、助けは来ないだろうとボンヤリ思っていた。


 都合よく救ってくれる人なんていない――



「やめないか! 可哀そうだろう!」



 一人の男が救いの手を差し伸べてきた。


 金髪碧眼のその人は豪華な装備を身に着けている。

 明らかに周りの冒険者たちとは一線を画す雰囲気。


 青年が手を取ると、優しく声をかけてくれる。


「すまなかった、連れが酷いことを。

 どこか怪我はしていないか?」

「いえ、気にしないでください。慣れていますから」


 服についた土を払う青年。

 ザリヅェに因縁を付けられたくらいで動じたりはしない。


「僕は用がありますので、これで。

 助けてくれてありがとうございました」

「ああ……」


 青年は一礼をして足早に立ち去る。

 それ以上、特に言葉を交わす必要は無いと思った。


 少し歩いて振り返ると、助けてくれた男がこちらを心配そうに見ていた。


 明らかに一般人ではない風体と振る舞い。

 もしかしたら貴族かもしれないなと思いつつ、青年は目的の場所へと向かって歩き出す。


 印象に残る人物だったが、気に留める必要もない。

 どうせすぐに忘れるだろう。

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