第3話 とある青年の日常
「ふぅ……」
一人の青年が斧を片手に薪を割っている。
よく晴れた雲一つない青い空。
森の中にある広場。
吹き抜ける風が心地よい。
足元ではシロツメクサがそよそよと風に揺られている。
鳥たちのささやきが
今日もいい天気だ。
薪を小屋へと持ち帰り、簡単な昼食を済ませて準備を整える。
小屋にはベッドと机と椅子と。
生活に必要な最低限のものしか置いていない。
部屋の片隅には背負子と道具箱。
道具箱の中には銀でできた杭と金槌が入っている。
これが無いと仕事にならない。
杭と金槌に通した紐をそれぞれ背負子に結び付ける。
準備は整った。
道具箱の中には更に小さな箱が一つ。
縄で何重にも縛り付けられた上に錠前がつけられている。
中にあるものを外に出すことはない。
青年はさっそく街へと向かう。
青年は空の背負子を担ぎ、一人で歩いて街へと向かう。
到着するころには夕刻を迎えるだろう。
ちょうどよい。
チリン、チリン。
青年が首から下げた鈴が鳴る。
鼻歌を歌いながら歩いていると、地元の農夫とすれ違った。
笑顔で手を振って挨拶をする。
「お兄ちゃん、こんにちは!」
馬車の荷台に乗った子供たちが笑顔で声をかけて来た。
幼い顔つきの青年は地元の子供たちとも仲が良い。近所づきあいを欠かしたことはない。
自分が生業とする仕事が人の生き死にと関わるだけに、人の目が気になる。そのため普段から周囲との接し方には気を付けているのだ。
できるだけ目立たぬよう、笑顔で、明るく振舞っている。
気づけば青年は笑顔以外の表情を忘れてしまった。
「おい葬儀屋ぁ!
ノコノコ歩いて
道の向こうから冒険者の一団が歩いて来た。
先頭にいるのはザリヅェ。
まだ若いその男は乱暴者として有名。
盗賊のような見た目だが、これでも冒険者である。
「おはようございます、ザリヅェさん。
今日もいい天気ですね」
「すかしてんじゃねぇよ、葬儀屋ぁ。
その様子だとダンジョンに潜るつもりみてぇだな。
冒険者が死ねば仕事にありつけるもんなぁ。
面白くねぇ……ぺっ!」
肩をいからせながら近寄ってきたザリヅェは悪態をついてつばを吐いた。
彼が普段から使っている香水のキツイ匂いが鼻をつく。
「テメェは俺たち冒険者の××をなめるクソ野郎だ。
誰のおかげで食っていけるか言ってみろよ」
「冒険者の皆様のおか――うわっ!」
ザリヅェはいきなり青年を突き飛ばす。
道端に倒れた彼は土まみれになってしまう。
「ははっ! ざまぁねぇな! 葬儀屋!
テメェは土を舐めるのがお似合いだよ!」
「「「ぎゃははははは」」」
ザリヅェとその仲間たちは地に伏した青年をあざけわらう。
不愉快な行為をされたにも関わらず、反撃するどころか敵意を表すこともなく、青年は立ち上がって土埃を手で払うばかり。
相手にされないのが面白くないのか、ザリヅェは顔を赤らめて怒りの形相を浮かべる。
「すかしやがって……なめてんのか!」
「やめて下さい!」
青年は反撃せず、次々と繰り出される攻撃を容易にかわしていた。
まったく当たらないのでザリヅェはますます腹を立てて顔を赤らめる。
「ふざけんなっ! 逃げんなこら!」
「だからやめて下さいってば!」
とにかく攻撃を避けることに集中する青年。
彼の目にはザリヅェの動きは非常にのろく見える。
避けようと思えば簡単に避けられるのだ。
もちろん、反撃しようと思えば簡単に――
――だめだ、反撃なんてできない。
青年は頑なに手を出すことを拒む。
相手からどんな暴力を受けたとしても、人間相手に手を挙げないと心に決めているのだ。
それには彼の過去が関係している。
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