第13話 嫌な予感はよく当たる

 それからしばらくして、ようやくダンジョンの外へ出られた。

 すっかり日が昇っていて、まばゆい朝日が二人を照らす。


「ああっ! 生き返りますねぇ!

 やっぱり外の空気は美味しい!」

「ダンジョン内は空気が薄いからね」


 空気を肺一杯に溜め込んで新鮮さを味わう二人。

 これぞ最高の瞬間である。


 振り返るとダンジョンの入り口が目に入る。


 何もかも飲み込んでしまいそうな大穴。その中は表の世界と隔絶された非日常の空間。

 そう思うと近寄りがたいものを感じる。


「じゃぁ、僕は教会までこの人を運んでくるから」

「あっ、私も一緒に行きますよ」

「そう……好きにして」


 少女も教会に用があるのか、それともただ一緒にいたいだけか。

 青年にとってはどちらでもよかった。


 朝の爽やかな空気に包まれながら、木漏れ日の差し込む街道を歩いて行く。

 両脇には背の高い木が植えられていて平らな道が真っすぐと続く。


 無邪気に遊ぶ子供たちが道を走り回って遊んでいる。

 青年が笑顔で手を振ると、向こうも振って返してくれた。


 誰も背中の死体を怖がらない。


「みんな、慣れちゃってるんですね」

「なにが?」

「葬儀屋さんがご遺体を運ぶことに」

「……そうかもね」


 死体を運ぶ職業はどこか近寄りがたいものを感じさせてしまう。


 少女は特にこれと言ってネガティブな反応は示さなかったが、普通なら死体を運ぶ人を見かけたら嫌悪感をあらわにするだろう。


「今までに何人も運んできたからね」

「どうしてその仕事をしようと思ったんですか?」


 また唐突に質問。

 青年は嫌がらずに答えることにした。


 少女とのお喋りは思いのほか楽しい。


「葬儀屋の師匠に拾われたから」

「それだけ?」

「うん、それだけ」


 仕事なんて、なんでもいい。

 ただ飢えることがなく、安心して暮らせれば、それで。


 青年は別にこの職業にこだわっていない。

 食べていければなんでもいいのだ。


 ただ、一つだけ。

 絶対になりたくない職業がある。


 それは――言うまでもなく父と同じ職業。

 勇者にだけはならないと心に決めている。


「君はどうして冒険者に?」

「私も拾われた口ですよ。

 両親は行商を営んでいたんですけど、

 盗賊に襲われて家族全員、殺されちゃって。

 たまたま私だけ無事だったんです。

 運よく冒険者が駆けつけてくれて……」

「その人たちに引き取られたの?」

「はい、そう言うことです」


 少女も過酷な人生を歩んだようである。

 でなければ冒険者なんて仕事に就いたりしないだろう。


「その人たちも、みんな死んじゃったんですけどね。

 この杖は私を育ててくれた魔法使いのものです。

 成り行きで貰っちゃいました」

「へぇ、どおりで」


 少女が持っている杖は聖職者ようのものではない。

 どちらかと言えば攻撃魔法を扱うウィザード用のものだ。


「どうして君みたいな駆け出しが高価な杖を持っているのか疑問だったけど。

 これで合点がいったよ」

「これってそんなに高価な杖なんですか?」

「うん、そんなに大きな宝玉は見たことがない」


 杖の先端にはめ込まれた宝玉を見ながら言う。


「ふぅん……良いものもらっちゃったんだなぁ」

「君は人の死に対して過剰に反応しないよね。

 もしかして慣れちゃってる?」

「まぁ、大切な人を目の前で殺されてますからね。

 私を生んでくれたお母さんも、お父さんも、

 育ててくれた冒険者さんたちも……みんな。

 もぅ、涙なんて枯れちゃいますよ」


 そう言って苦笑いする少女。


 昔のことについて、あまり深く聞かないでおくことにした。

 彼女もそれ以上は話そうとしない。


 しばらく会話が止まったまま街道を歩いて行くと、教会が見えて来た。

 古い教会ではあるが、そのたたずまいは荘厳としており、多くの人たちがここにつどっているのだと分かる。

 人が集まる場所は光に包まれているものなのだ。


 中へ入ると、ちょうど神父が祈りを捧げているところだった。

 恰幅の良い白髪頭の禿げた老人は二人に気づくとにこやかに微笑み、快く迎え入れてくれる。


「おお……よく戻って来たな。

 今回はどこの誰の死体を連れて来てくれたのかな?」


 神父は青年にニコニコと話しかける。


 青年が受け取る報酬の半分を神父が手数料としてピンハネしているので、邪険に扱ったりせずに可愛がっている。

 煩雑な雑務を引き受ける代わり――と言う建前だが、いささか暴利が過ぎる。


 それでも青年は文句ひとつ言わずに死体をダンジョンから教会まで運ぶ。

 神父にとっては都合のいい金づるなのだ。


「今回はこの方です」

「ふむふむ……む? むむむ?」


 神父は遺体の顔を覗き込み、何やら悩まし気に眉を寄せた。


「もしかしてだが、この方は貴族では?」

「ええ、どうもそうらしいです」


 青年がそう答えると、神父は険しい顔で眉を寄せる。


「隣国の貴族たちが力試しのために、

 この地のダンジョンへ赴いていると耳にした。

 しかも、その中には王太子ギルバードさまがいると。

 これはもしかすると……ただ事ではすまんぞ」


 普段から金のことしか考えていない神父の剣呑な目つきに、さすがの青年も異様な空気を察知する。

 少女はその隣でのほほんと話を聞いていた。


「あのさ、聞いてもいいかな?」

「なんですか?」


 青年が言うと、少女は首をかしげる。


「ギルバードって人とパーティーを組んでたんだよね?」

「はい、そうですけど」

「彼は何か目的があったのかな?」

「ちょうどスタンピードが起きるからって、

 あのダンジョンに潜ったみたいですよ」

「君は詳しい話を何も聞いてないの?」

「領主さまの紹介で一緒になっただけで、詳しい話は何も」


 その答えを聞いて青年は頭を抱えた。


「まずいな……まずいよ」

「なにがですか?」

「君みたいな子をパーティーに入れるってことは、

 編成とか探索行程とか必要物資とか、

 何も考えずに突っ込んだってことだよ。

 そんな状態で深層なんか行ったら……」

「今頃、全滅しているやもしれんな」


 神父が深刻そうに言う。


「そう言えば……

 ザリヅェと一緒だったって聞きましたけど」

「ギルバードさまが?」

「ええ」

「ますますまずいな」


 ザリヅェは無能な冒険者としても有名である。


「ちょっと、冒険者ギルドへ行ってきますね。

 ご遺体をお願いしても構いませんか?」

「任せておけ。何も起こらぬといいのだがな」

「はい……」

「あっ、私も行きまーす!」


 二人の深刻そうなやり取りなどどこ吹く風と言わんばかりに、少女はのほほんとしていた。

 この子はとことん空気が読めないらしい。


 青年は空になった背負子を担いで街へと向かう。

 先ほどから胸騒ぎが止まらない。


 こういう時の嫌な予感はよく当たるのである。

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