第14話 戦争の危機

 果たして、不安は杞憂に終わらなかった。


 冒険者ギルドへたどり着くやいなや、ギルド長が血相を変えて駆け寄って来る。


「待ってたぞ、葬儀屋! まずいことになった!」

「もしかして、ギルバードさんの件ですか?」

「おお……耳が早いな」


 ギルド長は大きく頷く。


「僕も詳しくは事情を知らないのですが……

 何があったんですか?」

「ザリヅェの奴がギルバードを死なせちまったんだよ。

 しかもスタンピードが発生してる深層でな」

「ああ……」


 そう聞いただけで、青年は事の重大さを理解した。

 思っていたよりも深刻である。


 隣国の王太子であるギルバード。

 どうして彼がこんな辺境にあるダンジョン攻略に挑戦したのか。

 その理由については全く分からない。


 しかし理由はどうあれ、彼がこの国のダンジョンの中で命を落としたのは確かなよう。

 その事実を隣国の政府や王がどう解釈するか――


「もし、隣国がこの責任を追及したら……」

「戦争になっちまうかもしれねぇなぁ」


 ギルド長は頭を抱えて俯いてしまう。


 何者かが王太子をダンジョンの深層へと連れて行き、わざと死なせて謀殺した。その手引きをしたのはこの国の冒険者たち。

 状況次第では、そう解釈することもできる。


「あの、一緒に潜った冒険者の人たちは?」

「一人だけ生きて戻って来てる。

 ほら、あそこにザリヅェがいるだろ」


 ギルド長が指さした先には、剣呑な顔つきをした冒険者に囲まれるザリヅェの姿があった。


 普段からイキリ散らして横柄な態度で街の人たちを困らせている彼だが、今回ばかりは事の深刻さを理解しているのか、青い顔をしてうつむいている。


「あいつ、王太子の亡骸を放置して逃げ帰って来たんだよ。

 せめてご遺体が戻っていればなぁ……」

「でも、遺書を預かっているはずでしょう?」


 それなりに高い身分の人物がダンジョンへ潜る時は、遺書を残すことが通例である。


 自らの意思で潜ったと証明できなければ、暗殺を疑われるからだ。

 貴族などの上流階級の人間に冒険者を紹介する際、ギルドは必ず遺書を残すように要求している。


「それがよぉ……ギルドを通してねぇんだよ。

 ギルバードご一行はお忍びだったらしくてな。

 領主の紹介でザリヅェとパーティーを組んだんだと。

 冒険者ギルドには顔すら出してねぇ」

「ギルバード様が来ていることを把握していれば、

 手の打ちようもあったでしょうに……」

「だなぁ。

 この街のダンジョンに隣の国の王太子様が来てるなんて、

 夢にも思わなかったからなぁ」


 ギルド長は左横に視線を向けながら、困った表情を浮かべて嘆く。

 せめてギルドを通していれば状況も少しはましになっていただろう。


 青年は少女に尋ねる。


「あの……君は本当になにも知らないの?」

「え? あっ、はい。

 私は王都から地方の巡業へ来てたんですけど、

 領主さまのお屋敷に泊めてもらおうと思ってですね。

 挨拶に伺ったらギルさんとザリヅェさんがいて、

 二人でなんかすごく盛り上がってて、

 その場のノリで私も一緒に行くことになって……」


 それを聞いた青年とギルド長は顔を見合わせ、二人して頭を抱える。


「あの……どうしたんですか?」

「いや、その、気を悪くしてほしくないんだけど。

 登場人物全員バカだなって」

「え⁉ 私はともかく、ギルさんもバカなんですか⁉」


 あまりにバカすぎる反応に、青年は頭が痛くなった。


 土地勘のない者や専門職でない者が地方のダンジョンに潜る時は、必ずその土地のギルドを尋ねて地元の冒険者を雇う。

 できればベテランが望ましいが、たとえ経験があったとしてもザリヅェのような後先考えないバカをリーダーにしたら生存確率は大幅に下がる。

 深層を目指すとなればなおさら。


 この少女は運が良かった。

 もし一緒に深層へ潜っていたら、彼女も一緒に命を落としていたことだろう。


「うん……結果的にはそう言う評価になるね。

 影響の大きさも考えたら、バカの一言では済まないけど」

「で、どうなっちゃうんですか?

 本当に戦争になっちゃうんですか?」

「その可能性も、ゼロじゃない」


 隣国と戦争になったら規模がはるかに小さいこの国はひとたまりもない。

 たちまち村も町も全て焼き尽くされるだろう。


「護衛の人はどうしたんですか?

 お忍びとは言っても、まさか王太子を一人で送り出すはずもないでしょう?」


 青年が尋ねると、ギルド長は肩をすくめる。


「みんな死んだってよ。

 そのうちの一人は僧侶と一緒に地上へ送った。

 残りは王太子と一緒に死んだ。

 ……って、ザリヅェは言ってる」


 そのうちの一人とは、青年が運んだ遺体のことだろう。


「あっ、でも地上で待機していた監視役がいて、

 そいつらは本国へ飛んで行ったらしいぞ」

「何を、どう報告するんですかね?」

「さぁなぁ……俺には分からん」


 何も考えたくないというように、腑抜けた顔になるギルド長。

 この件は彼が対応できる許容範囲を軽く超えている。


 もはや冒険者ギルドがどうにかできるレベルの話ではない。


「それで……王太子のご遺体は?」

「さっき言っただろ。

 深層に置いて来たままだよ」

「なにも処置を施さずに放置したんですか?」

「いや、王子の仲間が結界を張ったらしい。

 術者も死んだらしいが」


 それを聞いて青年はホッとした。


 結界の中に遺体があれば、モンスターに死体が食われることはない。

 少なくとも効果が続く限りは。


「その結界は、あとどれくらいもちますか?」

「詳しい話は分からんが……

 最大で三日はもつとか、なんとか」

「三日あれば十分ですね」

「おい……もしかしてお前……」

「はい、王太子さまのご遺体。

 僕が回収しますよ」


 青年は落ち着いた様子で言う。


「ははっ……さすがだな、葬儀屋。

 だけど今回ばかりはいつものようにはいかねぇぞ」

「と、言うと?」

「“死体かつぎ”が出たらしい」

「……えっ」


 その名を聞いて、さすがの青年も言葉を失った。

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