第19話 口封じ

「声が聞こえたのはどっちの方角?」

「確かあっちです!」


 少女の案内でザリヅェが襲われた場所へと向かう。


 おおよその検討しかついていないはずの少女だったが、足取りに迷いはない。

 もしかしたら適当に進んでいるだけかと思ったが、彼女は時折立ち止まって空を見上げ、木々の隙間から覗く星の位置を確認していた。


「君は星の位置で方角を見定めているの?」

「いえ……なんとなく星がきれいだなって」


 さすがに頭を抱えたくなった。


 しかし、彼女の案内は全くの出鱈目と言うわけではなく、どうやら本当にザリヅェがいる方へ近づいているようだ。

 かすかに彼がつけていた香水の匂いがする。


 そして……血の匂いも混じっていた。


「あっ! いました!」


 少女がザリヅェを見つけた。

 どうやら彼女の聞いた声は本物だったようだ。


 地面に転がるザリヅェ。

 うつ伏せに倒れ、その背中には深々と剣が突き刺さっている。

 大量に流れ出た血液が血だまりを作っていた。


 誰の目にも致命傷に見える深い傷。

 もう助からないだろう。


「まいったな……」


 ザリヅェの姿を見て、青年は声を漏らす。


 彼が殺されたのは口封じのためだ。

 絶対に何か重要な情報を握っていたに違いない。


 王太子暗殺の一部始終を目撃したのか、あるいは彼自身が計画に参加していたか。

 どちらにせよ、真相は闇の中である。


 ザリヅェは死んでしまったのだから……。


「えーい!」


 少女はザリヅェに突き刺さっていた剣を勢いよく引き抜く。


「……え? なにしてるの?」


 さすがの青年もこれには動揺を隠せなかった。

 彼女が何をしようとしているのか、全く理解できない。


「助けるんですよ、ザリヅェさんを」

「え? でももう助からないと思うよ?

 いくら回復魔法でも――」

「まだかすかに息があります!

 きっと大丈夫です!」


 そう言ってにっこりとほほ笑む少女。

 青年は彼女のことが怖くなった。


 ザリヅェの傷は明らかに致命傷。

 治癒魔法を使ったくらいで助かるわけがない。


 仮に可能だったとしても、よほど上級の魔法でなければ不可能だ。

 そんな使い手がいるはず……がないと思う。


 しかし、少女は使い手の限られる習得難易度がトップクラスの魔法を扱うことができた。

 もしかしたら――


「大地の聖霊よ。

 風の聖霊よ。

 生命の息吹をこの者へ。

 傷を癒して命を繋げ。

 あたたかな日の光と共に、

 慈愛に満ちた女神の愛を」


 詠唱を始める少女。

 これも上級魔法の文言である。


 本当にできるのか疑問に思う青年だったが、同時に彼女なら本当にやり遂げてしまうかもしれないとも思った。


 少女が詠唱を終えると、まばゆい光が杖の先端から放たれる。

 青年は再び辺りが暗闇に染まった頃合いを見計らって目を見開いた。


 ――傷が完全に塞がっている。


 まだ、彼が助かったとは限らない。

 青年はザリヅェの右手を手に取って脈をとった。


 すると、かすかではあるが、確かに脈打っているのが分かる。


「すごいな……本当にすごいよ」

「えへへ、あんまり褒めないでください」


 照れくさそうに笑う少女。

 月明りがかすかにその笑顔を照らす。


 いくら上級魔法の使い手とはいえ、こんな深手を一瞬で治療してしまうなんて、普通であれば考えられない。

 少女は世界でも指折りの実力者と言えよう。


「彼を運ばないとね」

「冒険者ギルドへですか?」

「いや、僕の家に連れて行こう」


 彼を冒険者ギルドへ送ったら、また誰かに襲われてしまうかもしれない。

 小屋でかくまってやった方が安全だ。


 青年はザリヅェを担いで小屋まで戻った。

 死体を運ぶよりもずっと簡単。


「ううっ……」


 ベッドに寝かせると、ザリヅェはわずかにうめき声を上げる。

 このまま休ませておけば目を覚ますと思う。


「一件落着! ですね」


 そう言ってほほ笑む少女。


「いや……軽く言うけどね。

 君がしたことはすごいよ。

 おかげで事件の真相にたどり着けるかもしれない」

「え? 真相?」

「王太子を誰が殺そうとしたのか。

 ザリヅェは知ってるかもしれないんだ」

「ふぅん……」


 なんとも微妙な反応である。


「でも、ザリヅェさんが何か知ってたら、

 もうギルドの人に話してますよね?」

「何も話さないのは彼が実行犯だからかもね。

 一応、身柄は拘束しておいた方がよさそうだ」


 青年は木箱からロープを取り出して、ザリヅェの両手両足を念入りに縛る。

 これで目を覚ましても自由には動けないはずだ。


「え? 実行犯?

 ギルバードさんって殺されたんですか?」

「その可能性も捨てきれないね」

「ううん……なんか怖いですね」


 人が一人殺されかけたというのに、なにか怖いという感想はどうなのだろう。

 まぁ……他に反応のしようもないが。


「とりあえず朝まで待って、

 彼が目を覚ましたら話を聞こうか」

「そうですねぇ。

 私も疲れちゃいました。

 先に休んでますねー」


 そう言ってゴロンと床の上で横になる少女。

 彼女のたくましさには感動すら覚える。


「せめて毛布くらいかけてね」

「優しいんですね、葬儀屋さん。

 あの、一緒に温まりませんか?」

「ええっと……」

「ほらほら、遠慮しないで」


 少女はそう言って手招きをする。


 年頃の女性と同衾だなんて気恥ずかしくなる青年だが、別に何かするつもりはない。

 ただ隣り合って同じ毛布にくるまって眠るだけ。


 そう言い聞かせて彼女の誘いに乗ることにした。


「なんで背中をこっちに向けるんですかー」

「…………」


 少女は後ろで何か言っているが無視した。

 背中を指でつついて来たけど無視した。


 ……結局、朝まで全く眠れなかった。

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