第18話 死期を知らせる鈴

 少年は師匠の老人から死体運びのイロハを教わった。


 重い物を背負って運べるように身体を鍛え、長い距離を歩けるよう足腰を丈夫にし、平静を保てるように心を穏やかに。

 少しずつ、少しずつ成長していく少年は、やがて自分よりも重い物を背負って運べるようになった。


 少年の身体が大きくなったら、師匠は彼を色んな場所へ連れて行った。


 深い森の中。

 高くそびえる山々。

 誰も住む者がいなくなった街。


 どんな場所へも一緒について行く。

 たとえそれが、死者がうごめく地獄の底であろうと。



 チリン、チリン。



 師匠が首から下げる鈴がなる。


 暗い夜道。

 ひと気のない山道。


 師匠の背中を見失わぬよう、青年は必死で付いて行く。


 明かりは師匠の持つカンテラだけ。

 辺りは木々に囲まれて、月明りも届かない。


『あの……その鈴ってなんなんですか?』


 幼い少年が尋ねる。


『ああ、これかい?

 これは命の鈴って言ってね。

 身に着けている者の死期を教えてくれるのさ。

 音が鳴らなくなると近いうちに死ぬ……らしい』

『そうなんですか』


 師匠はずっと首から鈴をぶら下げている。

 てっきり魔よけのアイテムかと思ったが、違ったようだ。


『どうしてそんなものを?』

『この仕事を続けているとねぇ。

 どうしても“死”に敏感になっちまうんだよ。

 だからね、鈴のを聞いて“せい”を確認したいのさ。

 まぁ……気休めにしかならないけどね』

『師匠も死ぬことが怖いんですね』


 少年が言うと、師匠は立ち止まって振り返る。


 カンテラに照らされたその顔は、普段とは違う表情を浮かべていた。

 不安そうで、悲しそうで、それでいてどこか優しさを感じる。


 いつもニヤニヤと不気味に笑っている師匠からは想像もつかないような表情。


『アタシだって死ぬことが怖いんだよ。

 いつだって自分の“死”に怯えている。

 アンタもそうじゃないかい?』

『いや……僕は……』


 少年は“死”が良く分からない。


 父親の手によって家族の命を目の前で奪われた少年は、それが命の終わりだと受け入れることができなかった。

 悲惨すぎる現実からの逃避が、少年にとっての“死”を非現実的なものに変えてしまう。


『へぇ、アンタは“死”が怖くないのかい』

『違っ……ええっと……』

『まぁ、いいさ。

 その年で“死”を当たり前に受け入れてしまったら、

 それはそれで怖いからね。

 でもね――』


 師匠は少年の肩に両手を置く。

 掌がじんわりと暖かい。


『でもね――忘れちゃいけないよ。

 私らの命は“死”によって支えられているんだ。

 生きとし生けるものは全て、

 犠牲なしに生き永らえないんだよ。

 だから“死”を必要以上に恐れてはならない。

 生きていたいと願うのであれば、なおさらね』


 チリン、チリン。


 師匠が首から下げた鈴がなる。












 夢の世界は永遠には続かない。

 懐かしい記憶をたどる夢の中の旅路は不意に終わりを告げた。


 来訪者はいつだって突然に現れるのだ。

 時をわきまえずに。




 ドンドンドン!




 扉が何度もたたかれる。

 まどろんだまま夢の世界へ迷い込んでいた青年はハッと目を覚ました。


 いけない、うっかり眠ってしまったらしい。


 身体を起こした青年は扉を開いて来訪者の存在を確かめることにした。

 こんな時間にいったい誰が……


「誰です――うわっ!」

「葬儀屋さぁん!」


 扉の前にいたのは泣きそうな顔をしている少女。

 どうして彼女がここに?


「なんでいるの⁉

 てか、僕の家の場所、知らないはずだよね⁉」

「葬儀屋さんが一人で何処かへ行くのに気づいて、

 後を付けたんですぅ!

 そしたら道に迷っちゃいまして!

 そしたらこの小屋を見つけて!

 助けてもらおうと思って!」

「はいはい、分かったから静かにして」


 いったいなんのために後をつけたのか。

 そのわけは後でゆっくりと聞くことにしよう。

 彼女の相手をするのも億劫だ。


 今はもう少し休みたい。


「とりあえず中に入って。

 ここで明日の朝まで休もうか」

「それどころじゃないんですぅ!

 大変なんですぅ!」


 少女は涙目でなにかを訴えようとしている。

 そのただならぬ様子に青年も危機感を覚えた。


「……何があったの?」

「ここへ来る途中で叫び声が聞こえて……。

 誰かが襲われたみたいなんです」

「へぇ……」

「で、その襲われた人が……

 どうもザリヅェさんみたいで」

「……え?」


 ダンジョンから帰還した唯一の生存者であるザリヅェ。

 彼が何者かに襲われたと聞いて、青年は強い危機感に襲われる。


 ザリヅェだけが知っている真実をもみ消すために。

 誰かが彼を襲ったとしか思えなかった。

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