第17話 勇者の子と葬儀屋の老人
一同を野営地に残し。
青年は一人、自分が住む小屋へと戻った。
部屋の木箱を開ける。
その中に収められた小さな箱。
何重にも縛った縄をほどき、鍵を開ける。
ギギギギギィ……
金属がきしむ音。
ゆっくりと蓋が開く。
中に入っていたのは一本の小さな木製の杭。
かなり年季が入っており、ささくれが目立つ。
漆黒の闇のように黒く染まっている。
青年はその杭を手に取り、紐を通して背負子に縛り付ける。
この杭は特別なもの。
死体のアンデッド化を防ぐためのアイテムではない。
これを授けてくれた師匠は、この杭によって命を落とした。
ほかならぬ青年の手で――
幼かったころの彼が師匠と出会った日のこと。
遠い、遠い過去の記憶。
チリン、チリン。
『その子はいくらだい? 譲ってくれないか?』
首に鈴をぶら下げた不気味な老人が、鉄格子の向こうで興味深くこちらを眺めている。
檻に入れられた少年はぼんやりとその人物の顔を眺める。
しわくちゃの顔。何やら怪しげな力のこもる瞳。
正視できずに思わず顔を背けると、老人はひっひっひと隙間だらけの歯を見せて笑う。
『金貨三枚ってところだな』
『高いね、その子はまだ小さいだろ。
銀貨5枚にまけな』
『さすがに冗談だろ。商売にならねぇ』
『じゃぁ、銀貨6枚でどうだい?』
『だから……』
老人は値引きに値引いた。
奴隷商がうんざりするほどしつこく。
何度でも食い下がる。
結果、少年は二束三文の値で売り払われることに。子供の奴隷はさほど高く売れないとはいえ、あまりに破格の値であった。
少年は老人に買われたあと、カビの生えたパンと味気のないスープを与えられる。
数日ぶりの
『お前、ただの子供じゃないね。
どうしてあそこにいた?
全て話しな』
どすの効いた、獣のような声。
怖くなって正直に話す。
少年には勇者の父親がいたこと。
父は心の病にかかっており、家族を殺めてしまったこと。
一人生き残った少年は、悪魔の子として捕らえられ、奴隷商に売られてしまったこと。
『ほぉ……勇者の子、お前さんが。
確かにねぇ。その通りかもしれない』
ジロジロと彼を眺める老人。
口端をにぃっと釣り上げて言う。
『まぁ、嘘をついているようには見えないね。
嘘つきは視線を右の方へ泳がせるからね。
利き腕が左手の場合は逆だけど。
アンタ、利き腕は?』
『右です』
『そうかい。じゃぁ、右手を出しな』
老人は両手で差し出した右腕の欠陥をなぞる。
しわしわの指がかすかにふるえていた。
『お前さんには特別な血が流れている。
アタシには分かるのさ。
なんてったって、鼻がいいからねぇ。
匂いで人となりが分かるんだよ。
たとえ死人であったとしてもね』
自慢げに語る老人。
このおぞましい生き物が何をさせようとしているのか。
幼い彼の想像力では計りかねる。
『あの……僕はなにをすれば……』
『アタシの言う通りにすればいい。
お前さんにはアタシの手伝いをさせる』
『手伝い? なんの仕事をしているの?』
『死んだ人間を地上へ帰してやる仕事さ。
これが、とっても金になるんだよぉ』
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる老人。
あまりの不気味さに、彼はただ茫然とするしかなかった。
『さぁ……帰ったらさっそく仕事を教えるよ。
まずは杭の打ち方から始めようかねぇ』
チリン、チリン。
老人が首から下げた鈴の音がなる。
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