第8話 金の重さは命の重さ
「では、付いて来て下さい。
明かりは消してもらって構いません」
「分かりました」
青年が言うと、少女は杖に灯っていた明かりを消す。
魔法というのは便利なもので、明かりを灯したり、火をつけたり、悪い気を払ったりと、色々と使い道がある。
使い手は限られており、魔法が使えるだけでも食うには困らない。
「このお仕事を続けて長いんですか?」
「まぁ……」
「どうしてこのお仕事を?」
「色々あって」
「葬儀屋さんって大変ですか?」
「それなりに」
青年の予想に反して、少女はおしゃべりであった。
戦場でおしゃべりは長生きできないと言いつつ、師匠もよくしゃべった。
くだらない与太話を何度も、何度も聞かされた。
口は災いの元と言うが、師匠の場合は当てはまらなかったな。
この少女はどうだろうか?
しばらく歩いて行くと、明かりを持った人物が近づいて来るのが見えた。
「おお……葬儀屋。呑気にデートかよ」
男が話しかけてきた。
沢山の荷物を背負っている。
まるで炭で塗りたくったかのように、目元にくっきりと浮き出たくま。こけた頬に痩せぎすの身体。生気のない顔つき。
アンデッドのような見た目のその男は、仲間内では『不眠症』と呼ばれている。
彼はダンジョンの中で商売を営む行商人。
深層まで物資を運んで冒険者に高値で売りつけるのだ。
「そう見えますか? 仕事ですよ」
青年は彼に背を向けて、死体を運んでいることをアピール。
不眠症はクククとくぐもった笑いを漏らす。
「だろうな、見りゃ分かるよ」
「あの……この人は?」
少女が青年に尋ねると、不眠症は血の気の薄い顔で営業スマイルを浮かべて答える。
「お初にお目にかかります、お嬢さん。
わたくしはしがない行商人。
仲間からは『不眠症』と呼ばれています」
「ふっ……ふみんしょう?」
「ええ、まるで何日も眠っていないかのような、
くっきりと浮き出たこのクマが特徴でしてね。
実のところ泥のように眠っていますが」
「はぁ……」
不眠症は右手を胸に当てて、ペコリとお辞儀をする。
このように調子がいいのはいつものこと。
初対面の相手でもなれなれしく語り掛けるのは、商人としての血がそうさせるのだろうか。
彼もまた、おしゃべりのくせに中々死なない男である。
ダンジョンは戦場とは違い、生き残るには寡黙であるよりも多弁であった方が良いらしい。
「ダンジョンで商売をされているんですか?」
「ええ、表で商店を構えるよりもずっと稼ぎがいいですよ。
なんなら何か買っていきますか?」
「ええっと……」
「やめた方がいいよ。
水とか塩を法外な値段で売るのがこの人の仕事だから。
パンが一斤金貨一枚になるからね」
「ええっ⁉」
あまりの暴利に目を丸くする少女。
「まぁ、こちらも命がけですからね。
金の重さは命の重さ。
貴重であればあるほど品物は高価になる。
表の世界とは物の価値が大きく変わるのですよ。
もちろん、水も、塩も、甘い砂糖菓子もね」
不眠症は満面の笑みでウィンクをする。
少女はちょっと引き気味だった。
「想像してたよりも、ずっと過酷な世界なんですねぇ」
「君は今までに何度もダンジョンに潜ってたんでしょ?
どうしてそんなことも知らないの?」
青年はつい疑問に思ったことを尋ねてしまった。
「えっと……お恥ずかしながら……
全部周りの人に頼り切りだったもので。
詳しいことは何も知らず、
魔法の勉強ばかりしてました」
「だったら、ダンジョンになんて来ないで、
表の世界で生活してればよかったじゃないか。
どうして冒険者なんかに?」
冒険者なんか、という言葉にいら立ちを覚えたのか、少女はむっとした顔つきになる。
「冒険者は立派なお仕事ですよ!
みんなのために戦う人たちです!」
「ああ……ごめん。
馬鹿にするつもりはなかったんだよ。
でも――」
「あはは、お嬢さん。
そんなに怒っても仕方がないよ。
冒険者ってのは、誰もやりたがらない仕事だから。
なりたくてなる人なんて一人もいやしないよ。
それはお嬢さんも分かってるんじゃないかな?」
「うぐっ……」
不眠症がそう問いかけると、少女は押し黙る。
冒険者は大抵の場合、傭兵崩れか盗賊まがいか、あるいは落ちこぼれの魔法使いモドキがなるようなもので、進んでつとめる仕事ではない。
独自のルールと生活スタイルがあり、傭兵として戦場に赴くこともあれば、地方貴族の用心棒になったりもする。汚れ仕事ならなんでもこなす者たちだ。
そのため冒険者と聞いて良いイメージを抱く者はあまりいない。
「でっ……でも……」
「まぁ、俺たちもその冒険者のお陰で食えてるんだからね。
彼らを悪く言うつもりはないよ。
世間ではそう言う認識ってだけの話さ」
「そうですよね……」
しょんぼりと眉を垂らす少女。
青年はちょっと可哀そうに思った。
「それで、不眠症さんはこんな浅い階層で何をしてるんです?
もっと深く潜らないと商売にならないでしょう?」
「ちょっとした野暮用があってね」
「野暮用……ですか?」
青年が尋ねると、不眠症はウィンクする。
「まっ、ついて来なって」
アンデッドのような生気の抜けた顔で笑顔を作り、不眠症は楽しそうに言う。
彼が陽気にふるまうと余計に不気味さが増すから不思議だ。
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