第9話 秘密の部屋
不眠症について歩いて行く。
カンテラの明かりがあるとはいえ洞窟は暗くて狭い。
下手をしたら頭をぶつけてしまう。
青年は額にハチガネを巻いているが、少女はフードを深くかぶっているだけで頭部に防具を身に着けていない。
心配になって何度か振り返るが、障害物を器用に避けていた。
「ここだよ、ここ」
不眠症が立ち止まる。
そこは細長い通路で、何もない。
両脇とも壁が続いている。
「えっと、ここがなにか?」
「まぁ、見てろって」
いぶかしむ青年をよそに、不眠症は壁に手を当てる。
すると――
「……え?」
「うわっ、すごい!」
思わず声を漏らす二人。
不眠症が伸ばした手が壁をすり抜けたのだ。
「え? どうなってるんですか?」
「ほらほら、こっちだよ。ついてこい」
不眠症はそのまま壁の中へ消えていく。
顔を見合わせる二人。
壁の中から手だけが伸びて来て、手招きをする。
恐る恐る壁の中へと進んでいくと、不意にまばゆい光が差し込んできた。
目が慣れるまでしばらく時間がかかり、二人は瞼を閉じて光を手で遮る。
少しずつあたりの状況が把握できるようになると、不眠症の他にもう一人いることが分かった。
地面にじゅうたんを敷いて胡坐をかく子供のような見た目のその男は、小さな金具の手入れをしている。
風が吹けば飛ばされそうなくらいに華奢でひ弱そう。
黒く長い髪の毛が目元を隠しており、表情を伺いにくい。
背中には大きなつるはし。
周りには商売道具と思われる物品がいくつも置いてある。
天井には強い光を放つ照明。
松明やカンテラとは比べ物にならないほど明るい。
どうやら魔法で何かを光らせているようだ。
「ようこそ! 秘密の部屋へ!」
不眠症は両手を大きく広げて楽しそうに言う。
「お前には秘密にしてたんだけどな。
俺たちだけで新しく作ったんだよ。
在庫をここに集めて、深層まで運びやすくするのさ。
いわば中継地点みたいなもんだ」
歯を見せてにやりと笑う不眠症。
今日の彼はとても機嫌がいい。
自慢したくて仕方がないようだ。
「でも、どうやって壁を?
ここってただの通路でしたよね?」
「こいつがくり抜いたんだよ、一人で」
青年の問いに、不眠症はじゅうたんに座っている男を指さして答える。
「え? 本当ですか⁉ 一人で⁉」
「ふんっ……これくらい朝飯前」
つまらなそうに鼻を鳴らす小柄な男。
どうやら何か仕掛けがあるようだ。
ひ弱な身体の彼がこれほどの空間を一人で掘れるとは思えない。
「もちろんコイツだけじゃねーぜ。
他にも何人か協力者がいて、
結界とか壁の偽装とかを手伝ってくれたんだ。
モンスターも入れない俺たちだけの安全地帯ってわけさ」
「でも、人間の侵入は防げないですよね?」
「だから秘密な。誰にも話すんじゃねーぞ」
そう言ってウィンクしながら人差し指を口元に当てる不眠症。
秘密の場所をそう簡単に見せてもよかったのか?
「あの……あなたは……」
少女が戸惑いながらも、先客である男に声をかける。
どうやら名前を聞きたいらしい。
「
彼はちらりと少女を
「……え?」
「そう言う通り名」
「はぁ……そうなんですか」
あまりに短い自己紹介に面食らう少女。
「ごめんねぇ、お嬢さん。
こいつとってもシャイでさぁ。
初対面の人とはお喋りできないんだよ。
許してあげてね」
「え? あっ、はい」
両手を合わせてニコニコと謝罪の言葉を述べる不眠症。
「コイツはマッパーだからさ。
ダンジョンの色んな場所を走り回って探索してるんだ。
魔物と戦う時も走りながら切りつけるもんだから、
まるで風みたいってことで、ついたあだ名が
分かりやすいでしょ?」
あまり他人に興味がないようである。
「あの……マッパーって?」
「ダンジョン内を探索して、地図を作る専門職だよ。
いちいち自分たちで探索するのは手間でしょ?
だから冒険者はマッパーから地図を買って、
予め計画を立ててからダンジョンに潜るんだ」
「へぇー! 知らなかったです!」
感心したように頷く少女だが、あまりに無知すぎて青年は心配になる。マッパーの存在くらい、駆け出しの冒険者でも知っていると思うが。
「マッパーってとっても大切なお仕事なんですね!
こんなに沢山、色んな道具が並べてあるから、
最初はお店屋さんかと思いましたよぉ」
少女は興味津々に
それは鞘に収まった短刀。
柄の先端には宝石がはめ込まれている。
「あっ、ちょっと見せてもらっていいですか?」
興味を惹かれた少女は短刀に触れようと手を伸ばしてしまった。
その瞬間――
「さわるなっ!」
大声を上げる鎌鼬。
ダンジョン内に彼の声が響き渡る。
「ごっ……ごめんなさい!」
「ダメだよ!
鎌鼬さんは道具を大切に扱うことで有名なんだ。
特に武器として使ってる短刀は絶対に……」
「もうぃい、放っておいてくれ」
青年の言葉を遮り、
少女は申し訳なさそうに眉を寄せている。
青年はそんな彼女を見やって、人の物に無断で手を触れようとする神経が分からないと心の中でぼやいた。
「それはそうと、葬儀屋。
お前が運んでる死体だけどよぉ……
この土地のもんじゃないよな?」
不眠症が遺体を指さしながら尋ねる。
葬儀屋が少女の方を見ると、彼女は記憶をたどって左上の方へ視線を向ける。
「もしかしたら……そうかもしれません」
「一緒のパーティーだったんでしょ?
身元とか詳しく知らないの?」
「ええっと……
メンバーについて詳しく知らないんですよ。
私は成り行きでパーティーに入ることになったんで。
ザリヅェさんのお誘いで……」
「え? ザリヅェ?」
途端に不眠症の顔が青くなった。
「え? ええっ……マジ?
マジでザリヅェと組んでんの?
やめた方がいいよ!
あいつはね――」
不眠症がザリヅェの人柄について説明する。
ザリヅェは領主子飼いの冒険者で、乱暴者として知られている。
汚れ仕事を率先して行い、村で狼藉を働くこともしばしば。領主に可愛がられているようで、誰も文句は言えない。
「そっ……そんな人だったんですかぁ」
「うん、もうアイツとは関わらない方がいいよ。
誰と組むのか慎重に決めないと命に関わる。
気を付けて」
「はい。分かりました」
不眠症が言うと、少女は素直に頷いて答えた。
「じゃぁ、僕たちはこれで失礼します。
ここのことは秘密にしておきますから」
「ああ……頼むよ。
二人で仲良く帰るんだぞー」
「気を付けろよ」
「はい、ありがとうございます。
不眠症さん、鎌鼬さん」
青年はぺこりとお辞儀をして秘密の部屋を出る。
幻の壁をくぐると、再び真っ暗闇の世界。
「さぁ……あと少しだから頑張ろうか」
「はい」
青年の言葉に、少女は笑顔で頷いた。
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