第10話 緊張感が足らない

「ぎぃぃぃぃ!」


 地上へと向かう道中。

 モンスターと出くわした。


 低層に出現するモンスターなので、比較的倒しやすく脅威度は低い。


 襲ってきたのはネズミ型のモンスター。

 群れで現れることが多いが、今回は二匹だけ。


 青年は遺体を背負ったまま護身用の短剣を引き抜き、できるだけ魔物と距離をおく。


「ぎいいいいいいいいい!」


 耳障りな鳴き声を上げてとびかかって来る大ネズミ。

 青年は落ち着いて短剣を振り払い、鼻っ面を切り裂いてやる。


「ぎゃぴいいいいいいいいいいいい!」


 悲鳴を上げる大ネズミ。

 間髪入れずにもう一匹が襲い掛かってくるが、こちらも同じように短剣で返り討ちにした。


「ぎぎぎぎぎ……!」


 モンスターたちは諦めていない。

 じりじりと距離を詰めようと迫って来る。


 まずいな……。


 青年は後方の岩陰に隠れさせた少女を気に掛ける。

 少しでも力加減を間違えば、戦いに巻き込んでしまうかもしれない。

 たとえ最弱クラスのモンスターであっても、ひとたび戦闘になれば命の奪い合いになる。


 たかが大ネズミの2匹、殲滅することはたやすいが、体内に眠る勇者の力を使ってしまったら何が起こるか分からない。


 青年はポケットから持ってきた食料を取り出し、遠くへと投げる。

 すると大ネズミのうちの一匹がそちらの方へ向かい、食料を加えて奥へと引っ込んでいった。

 もう一匹はしばらく警戒していたが、くるりと向きをかえて同じ方向へ逃げていった。


「ふぅぅぅぅ……」


 肩を落とし、深くため息をつく青年。


 襲ってきたのが弱いモンスターで本当に良かった。

 本来なら適当に身を隠してやり過ごすところだが、同行していた少女があまりに無警戒で存在を察知されてしまったのだ。

 一人ならばエンカウントすることもなかっただろうに。


 やれやれ、慣れないことはするものじゃない。

 青年が短剣に着いた血を払って鞘に納めると、岩陰に隠れていた少女が駆け寄って来る。


「さすがですね……すごい!」


 呑気に少女がそんなことを言うものだから、青年はますます心配になった。


 この子には緊張感が足りない。

 なんなら冒険者としての自覚も足りないし、危機感も皆無。

 こんな調子でいたら、すぐにでも命を落としてしまうだろう。


「すごいってねぇ……

 今のネズミは最弱クラスのモンスターだよ?

 あれくらい一人で対処できないと」

「あはは……そうですねぇ」


 苦笑いする少女。

 彼女が本当に冒険者なのか疑わしくなった。


 自然と口調が変わっていた青年だが、向こうも気にしていないようなのでそのまま話すことにした。


「どうしてそんなに緊張感がないのさ。

 もうちょっと警戒心があってもいいと思うんだよね」

「えへへ……おっしゃる通りですね。

 冒険者としてはまだまだ経験が浅いかなって」


 そう言う問題じゃないんだよなぁ……。


 経験の有無ではなく、どちらかと言えば素養の問題である。

 彼女に冒険者としての適性があるとは思えない。


 本当なら別の職を探すよう進言するところだが、彼女には冒険者としての職にこだわりがあるようなので、何も言わないことにした。

 今日会ったばかりの他人に、人生論を説くつもりはない。


「やっぱり……向いてないですかね、私」


 しょんぼりと眉を下げる少女。

 落ち込んでいる彼女を見ていると、少しだけ胸が痛んだ。


「向き不向きで落ち込むよりも、

 今の自分に何ができるかを考えた方がいいよ。

 あと、特殊なスキルがあった方が有利だよね。

 僧侶なら……そうだな。

 上級の治癒魔法が使えたら強みになるかな」

「上級ですか?

 そうですね……有用な魔法なら一通り――あっ!

 私! 鑑定魔法が使えるんですよ!」

「え? 鑑定魔法⁉」


 これには青年も驚いた。

 にわかには信じがたい。


 鑑定魔法と言えば、ごく少数の者しか扱うことのできない上級魔法。

 そんな能力があるのであれば、ダンジョンに潜ったりしないで地上で鑑定士として働くべきだ。

 冒険者なんかよりもよっぽど稼げるし、何より安全である。


 彼女の言葉を素直に信じることはできないが、それが本当なら驚くべきことだ。

 こんなにも若いのに習得難易度の高い魔法を扱えるなんて……。


「え? 私の顔に何かついてますか?」


 まじまじと青年が見つめていると、少女は戸惑ったように顔をしかめる。


「いや……その年で鑑定魔法が使えるなんて、すごいなって」

「あはは。そうですか?

 覚えるの簡単でしたけどねぇ」

「…………」


 もし『簡単』と言うのが本当なら、彼女は天才だ。

 間違いなく。


 とても信じる気にはなれないけれど。


「あの……もしかして信じてません?」

「そういうわけじゃないけどね……」


 素直に信じられなかったが、少女が嘘をついているようには見えない。


 人が嘘をつく時、必ず何かしらのサインが現れる。

 特に顕著なのは目の動き。


 何かしら不自然な点があると目の動きも不自然になる。

 特に右側に視線を向けて、右上や右横を見ている時、その人物は嘘をついている。


 ――と、師匠はよく言っていた。

 本当のことかどうかは分からない。


 あっ、そう言えばこんなことも――


「不眠症さんや鎌鼬さんも、

 葬儀屋さんと同じくらい強いんですか?」


 少女は唐突に話題を切り替える。

 本当に思考の流れが読めない人だ。

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